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愛と友、その関係式 第27話

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愛と友(ゆう)、その関係式
<下>終始

第二十七章 愛さずにはいられない

 バレンタイン前日の商店街は恋に浮き足だった悲痛な、だけど幸せそうな表情の女性が多く歩いている。もし、恋というものが可視化できるなら、たった今はばたき市中の恋の殆どはここで埋め尽くされているのだろう。
 そんな風に、目に見えないソレをぼんやりと考えながら紺野は商店街をウィニングバーガーへ向けて歩いていた。
 頬を染めて談笑している同じ年頃の女の子を見ると、去年の自分と重なって胸が痛む。幸せな記憶を呼ぶのに、どうして苦痛が伴うのか不思議でたまらない。
 たとえば、それは走馬灯のようだった。
 終わりが近づいている。一歩一歩足を踏みだすたびに、残り僅かな灯火を懐かしんでいた。そして、最後には自分自身の吐息を吹きかけて消してしまう。そうしないと、大事な人の灯りが代わりに消えてしまうから。
 ふらりと眩暈がした。
「珠美!」
 かけよる足音。前めりになった身体を受け止める、温かい両腕。
 閉じかけた瞼を開くとそこには友の姿――有沢志穂がいた。
「志穂ちゃん」
 名前を呼ぶと、有沢は静かに微笑んで頷いた。

◆◇◆◇◆

 ウィニングバーガーへ着くと、外の通りがよく見えるカウンター席に紺野と有沢は二人して座った。
 紺野はもともと藤井と待ち合わせをしていたらしい。肝心の藤井はバイト中で、もう数分したらあがりらしかった。藤井を待つ間、紺野と有沢はそれぞれSサイズの飲み物を頼んで口にする。
「あなた、大丈夫なの? 顔が真っ青よ」
 有沢は改めて紺野へ訊いた。
「うん。平気、ありがとう」
 紺野は否定するが、やはり何処か顔は真っ青だ。
 有沢は小さく溜め息をついた。
「志穂ちゃんは、どうして商店街に?」
 これ以上心配されるのを嫌ってか、紺野は別の話題を有沢に振る。困ったのは有沢だ。ほんの少し頬を上気させて、誰が注目しているわけでもないのに辺りへ視線を散らせてうかがった。
「別に……なんでもないわ」
 紺野は察してクスリと小さく笑った。
「ふふ、解った。チョコ、だよね?」
 言い当てられて有沢はいよいよ顔を真っ赤にして、それから渋々と頷いた。可愛らしくラッピングされた小さな箱を鞄の中から取り出すと、そっと置く。
「これね、でも渡さないわ」
 ふぅと息を吐いて、有沢は自嘲気味に微笑んだ。
 紺野は目を丸くする。
「なんで?」
「毎年なのよ。一年目は勉学の邪魔になるから。二年目は迷惑かもしれないから。三年目は……そうね、買えたことで満足している。ずっと、片想い。だけど片想いも恋だから、そんな自分に満足しているのね。馬鹿みたいでしょう?」
「そんなこと」
「三年間、あの人と随分と色んな話をしたわ。一緒に遊園地へいったり、渡せはしなかったけどチョコも買えたの。私がよ。この私が。中学の堅物な私が見たら、きっと驚くわね。だから、言えるの幸せだったって」
 まるでほんのささいな悪戯がばれた子供のように穢れなく笑った。
 しばらく目を丸くしていた紺野だが次第に顔は綻んで、慈しむように目を細める。それを見た有沢も同じように目を細めた。
「志穂ちゃんは美奈子ちゃんから聞いてるはずだもん、本当は解ってるんだよね?」
 何が? と問わずに有沢は頷いた。
「私ね……志穂ちゃんの気持ち、ちょっと解るな。私もね、美奈子ちゃんがいなければ、もっと違った結果だったんじゃないかってそう思うの。一緒の時間が過ごせるだけで幸せって満足していたかもしれない――どっちが良かったかなんて今の私には解らないけど、どっちも間違いじゃないんじゃないかな」
「珠美」
「美奈子ちゃんは人を変える力があると思う。理屈とかじゃなくて、そういう人。……美奈子ちゃん自身が望めば変われる人だから」
 何時の間にか溢れた涙が紺野の瞳から零れ落ちそうになる。有沢は紺野の手を両手で包んだ。
 震える紺野の手は少しだけひんやりしている。
「大丈夫。もう決めたの――私、美奈子ちゃんにちゃんと伝えるね」
 紺野は有沢に微笑んだ。
 
「おまたせ。珠美、それに志穂も」
 まるで頃合と、藤井の声がした。有沢と紺野は顔をあげると、そこには制服姿の藤井が立っていた。
「うん、じゃあ行こう? 美奈子ちゃんもそろそろ着いてるんじゃないかな」
「そうね。えっと……志穂は?」
 藤井に急に話をふられて、有沢は面食らう。
 これから何かをするのだろう。そして、それは美奈子のことらしい。
 有沢の代わりに紺野が返事をした。
「来てもらおう? そのほうがいいと思う」
 藤井は無言で紺野と有沢を交互に見る。それから、肩を竦めて頷いた。

◆◇◆◇◆

 美奈子は紺野に指定された公園へきていた。
 ブランコに乗って、ぼんやりと空を眺める。冬の晴れた青空は何処か澄み渡っているように見えた。吐く息は白い。
 ――もう二月。
 妙に感慨深い、そういえば夏から勉強勉強で季節を感じている暇がなかった。まあ、そのかいあって学力は見違えるほどあげることができた。何とか希望する進路をとれそうである。そう、目的に添った留学可能な大学に――。
 美奈子は目を閉じると、地面を蹴ってブランコを揺らした。一瞬だけ重力から解き放たれる感覚と、地球へ引っ張られる感覚。寄せてはかえす波のように近づいては離れていく。その繰り返しが切ない。
「美奈子ちゃん」
 声がした。目を開けると、そこには紺野、藤井、有沢の姿があった。
 紺野とは進路相談から、藤井とは夏の校舎裏から、有沢にはこれ以上心配をかけまいと進路のことを伝えていなかった。
 いざ顔を合わせると、美奈子が思っていたよりも気まずいものである。
 美奈子はブランコを止めると、三人の前まで歩み寄った。
 まず声をあげたのは有沢だった。
「珠美から聞いたわ。あなた、一流体育大学の推薦を蹴ったんですって!? 夏から何かしてるとは思ったけど……」
「あはは、うん。そういう有沢さんは一流大学の推薦が決まったって聞いたよ。さすがだね、おめでとう」
「誤魔化さないで。あなたはいつもいつも肝心なことを――」
 腕組して詰め寄る有沢に美奈子は二、三歩後ずさる。
「勉強なら私にも力になれることがあったはずでしょう? ……寂しかったわ」
 しょんぼりとする有沢。はっとして美奈子は謝った。
「ごめん」
「バカ」
 言って、有沢は穏やかに微笑んだ。
「小波美奈子」
 と、次に有沢の隣から歩み出たのは藤井だ。藤井は腰に両手をあてて仁王立ちしている。
「今日は珠美がメインだけど、ついでに言っとく」
 コホンと一つ咳払いして、藤井が口を開いた。
「――今までしてきたことを後悔はしてない! でも……叩いて、ごめん」
 途端、いつもは向日葵のごとく明るい藤井のオーラが萎んでいくのが美奈子にも解った。たったそれだけで、ああやはりあの時の藤井の掌は痛かったに違いないと気づく。
「あの! 私も。その……叩かせて、ごめん」
「……うん」
 藤井は力なく笑った。
 高校三年、友達にはなれなかった。だが、この瞬間――初めて藤井に歩み寄れた気がする。これからなら、あるいは。いつかは。希望というには大袈裟な、だけどささやかな予感を感じた。