パス、飛行機雲、赤い糸。
良い天気だからと数学の授業を脱走した先、屋上に寝転がる。
どうせ授業だってテスト前なんだから教科書も進みはしない。せいぜい範囲の再確認。
それならいっそ堂々と休めるってモンだ。
一旦下ろした瞼をふと持ち上げると、飛行機雲がひと筋、空を切り裂いているのが見えた。
目を瞑ると、ほんの短時間でも網膜に焼きついたコントラストが浮かび上がる。
――あ。傑のパスに似てる。
ふとそんな事を思う。
芸術的なスルーパスは時に『糸を引くような』と形容されるが、絵に起こすならまさにこんな感じの。
空を二つに分ける飛行機雲のように、ピッチを切り裂く軌跡。
激しい流れの中で、DFの奪ったボールが傑に届いた瞬間、誰もが。
これから生まれるはずの、まだ見ぬはずの一筆を思い浮かべるのだ。
そして、その期待を裏切らない左足はまさに、これからの世代の至宝で。
「あー……ヤベ。思いだしたら会いたくなっちまった……」
ケータイを手に取る。会えなくてもせめて声が聞きたい。
だけど俺が授業中なら傑だって授業中のはずで。
奴に限ってサイレントモードにしてないってことは無いだろうが、それでも今鳴らしていいもんじゃない。
一旦は開いたフラップを再び閉じ、飯に備えて丸ごと運んできていた鞄を引っ掴み階段を下りる。
テスト前は部活もないから、早退しても不都合が無い。有り難いことだ。
傑とは、同じ神奈川だけど、近くと云うほど近所に住んでいるわけでもない。
代表の練習日には会えるけど、チャンスは決して多くない。
『逢沢傑』から少しでも何かを学びたい人間は大勢いて、全体のレベルが上がる事は日本のサッカーのためには良い事で。
傑も時間の許す限り、積極的に皆と練習外のプレーをする。
だから俺が傑の時間を優先的に貰うことなど出来なくて。
……もっとも俺は、サッカー以外の理由でも傑の時間が欲しいんだけど。
鎌倉駅まで往復する金額が入っていることを確かめ、駅までの最短ルートを歩きだし、たところで僅かにケータイが震えた。
誰だこんな時間に、本来なら授業中だぞ。と先刻の自分の発想は棚に上げてメールを開けば、一瞬息も足も止まった。
From:逢沢傑
Subject:すごく
『会いたい。』
「――っの、ヤロ……やめろよな、そーいうの……」
なんだこれ。以心伝心?
俺が飛行機雲を見て傑を思い出したように、傑も何かを見て俺を思い出したのかな。
そうだったらいい。そうじゃなくてもいい。
傑が俺に会いたがってくれる、その事実が幸せで。
まさかのメールに、我に返って慌てて返信を打つ。
<何、今昼休み?>
<おう。返事来たってことは、お前も?>
<俺は既に自主的な放課後。今から鎌倉行くとこ>
<サボりかよ。つか何で鎌倉? 買い物?>
あぁ、メール打つのもじれったい。傑も昼休みなら、電話しよう。
気が付いたらもう駅だし、電車に乗る前じゃないと。
短縮3番、それから通話ボタンを押す。
『えっ、ちょ、どうした荒木』
「ん? お前の声が聞きたくなって。
あと、買い物じゃなくて、お前に会いに行くんだよ、バーカ」
『は!? 俺まだ授業……部活もあるぞ?』
「安心しろ、別に練習サボれとか言わねぇよ。でも練習後の時間は俺が予約。良いよな?」
『それなら。……お前時々、すっげー無駄に男前だよな。ハラ立つ』
「ははっ! お、電車来た。んじゃ、また後でな!」
終話ボタンを押して電車に乗り込む。
きっと唐突に掛けて唐突に切った俺に、電波の向こうの傑は唖然としているんだろう。
普段は鉄壁の無表情なアイツがぽかんとしてるかと思うと、そうさせたのは俺だけど、目撃できないのは少し残念だった。
鎌倉に着いたってすぐ会えるわけじゃないのに、会えると分かっただけで逸る気持ち。
次第に早鐘を打つ心臓を抑えて、運転席越しに行き先の方向を眺めた。
まっすぐに延びるレールが、俺を傑を繋ぐ糸に見える。
線路が赤く塗装されてなくて良かった、なんて頭の湧いたことを思った。
Fin.
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1000打記念に、1000字くらいの短文を書こう企画第1弾、
ツイッタにてろびんちゃん(Rovinsonさん)からリク頂きました!
ぼーのぼーのほもっぷる中学生な傑荒です(笑)
直接会わせると、学校からメールしちゃうくらい実は我慢の限界だった傑さんが
暴走して年齢指定な展開に持ち込むので寸止め^p^
ろびんちゃんのみお持ち帰り自由です(´∀`*)
リクありがとうございましたー!
11.04.30(01:48) 加築せらの 拝
作品名:パス、飛行機雲、赤い糸。 作家名:灯千鶴/加築せらの