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サクラノシタ

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 桜の下には、死体が埋まっているという。
 だからこそ、あんなに美しいのだと。
 人の血を吸い。
 人の命を取り込み。
 あんなにも色鮮やかに咲き乱れるのだと。


 ……桜には、妖しく艶やかな美しさがある。
 それは儚く、それでも強く心に残る────魔力がある。
 魔性の美しさを秘める、その木。
 その存在感に圧倒されたり。
 その幻想的な……夢の様な、現実味の無い風景に心を奪われ、魂を奪われる感覚に陥ったり。
 まるで吸い込まれそうに────囚われそうに、なる。


 咲き誇る力強い生。
 散りゆく儚い死。
 それらを連想させ。
 笑う。
「……高島よ……見事なものだな……」
 どこか、唄う様に。
 男は呟く。
 「……この桜は……貴様の血を吸ったのか……?」
 桜を見上げ。
 誰にともなく────いや、一人の男に向けて。
 夜の闇に浮かび上がる桜の下で。
 月に白く透けて光る、ひらひらと。はらはらと舞い散る花びらを目で追いながら。


 ……そう、白いのだ。桜の花弁は。
 しかし、それはやはり、紅い。
 己の目には、紅く映る。
 ……それは、自らの狂気を映しているのだろうかと────想う。
 笑みの形に、歪む顔。
 ……人の死は、呆気ない。
 ────来世で逢ったら。
 桜の下でも歩いてみるか。
 共に。
 ……まぁ、所詮貴様に花を愛でる心などあろう筈も無いだろうが。
 ……その時は。
 その間抜け面を隣に。
 ……歩いて、みるか。


 男は、笑う。
 桜の美しさとは全く関わりの無い男を想い。
 それでも、その桜から連想してしまった己に向けて。
 男は、笑う。 


 土の下────桜の下に眠る男を、想いながら。





 ────数百年の後の事。


「……せっそーねぇなぁ、ここら」
「ソメイヨシノ、八重桜、枝垂れ桜……。凄いよねぇ、ココ」


 笑いながら、呆れた様に、男二人。


 (……流石、君の血肉が咲かせた桜だ)
 節操も無ければ、情緒も無い。
 何て、無茶苦茶で。
 何て、あの男らしい。
 笑みを深くしながら、そう内で呟き。


「何か、霊脈だかの関係でこんなになってんだっけ?」
「まぁ、害が無いから別に良いんだけどねー」
「……Gメンの調査でっていうのは……」
「必要じゃないか。二人で遠出する為の理由は」
「………さいじょお……」
「あ、そこは輝彦って呼ぶべきじゃないかなー」
 脱力するその様に、やはり笑みは消す事無く。
「愛してるよ♪忠夫♪」
「……馬鹿だ、お前は馬鹿だ」
 相手の頬を桜色に染めて、更に楽しそうに笑った。





 ソメイヨシノ、八重桜、枝垂れ桜。他にも違う種なのだろう、見た事の無いものも。
 種類によって咲く時期が違う筈のそれらが一斉に咲き乱れ、そして花びらが舞っている。
 狂い咲き、どころではない。異様としか言えないだろう、その光景。
 人の目を惹く事は間違いないが。
 しかし、男の視線は下に。
 咲き乱れる桜の花ではなく、その下に。
 桜の根元。それより下。地中へと。


「……貴様の魂、私が手に入れたぞ、高島」
 そこに本人はいないと解っていながらも。
 肉体という、もうとうに朽ちた魂の器へと向けて。
 勝者を思わせる笑みを浮かべて。
 次には幸せそうな笑みと共に。
「……悪いとは思うんだが────君ごと、僕のものな?」
 独占欲丸出しな事をのたまった。


 舞い散る花弁は風に乗り、いずこかへと去っていく。
 冗談じゃねぇ、と、言われている気がした。


 それに苦笑を浮かべ、そうだな、と独り言。
「高島は西郷のものにしといてあげよう。片思いな所が、僕とは違うし」
 酷い事をさらりと言って。
 やはり笑って、桜を見上げ。


 ────自分には多分、あの子で手一杯だから。


 魂の、前世の記憶を最近ひょっこり思い出したその男は。
 そう締めくくって、その場をあっさり後にする。
 囚われそうな美しさを持つ桜を惜しむ事も無く。
 魂も前世も、とっとと忘れる事にして。
 早くあの子の居る場所へ。
 けれど。


「あぁ、でも、それもいいなぁ」


 ふと呟いたのは、そんな言葉。


 「"今回"はもー離れたくないから、一緒に埋めてもらおうかな」


 くすくすと、笑いながら。


 「あの子と一緒に、桜の下に」



 想いは変質し、しかし続いてこの場へ戻る。


 それは、数百年の後の事。



作品名:サクラノシタ 作家名:柳野 雫