雨の中でのお楽しみ
梅雨。
じとじと、じめじめ、湿気を含んだ空気と、水が降る、ただそれだけで何故か気が滅入ってしまう、雨と。
それが続く季節。
雨は自然の恵みだ。降るべき時に降らず、水不足になると困るのは解っている。
自然にも人体にも色々と有害なものが含まれてしまっている最近の雨には、人間達の自業自得とは言え辟易するけれど。
それでも、必要なものだという事は理解しているのだ。
…ただ、それでも。
「…やっぱ雨は好きじゃねーなぁ…」
はぁ、と溜息を吐きながら。
どんよりと曇り、有害な水を降らせ続ける天を見上げながら、ぼそりと呟く。
この時期に傘を忘れる自分もどーかと思うが、朝まであんなに晴れてたし、天気予報のおねーさんだって今日は問題無いって言ってたんだぜー?などとぶつくさ言いながら。
どこぞの民家の軒先借りて雨宿り。
まぁ、どこぞの大名商売している上司の様に、濡れるの嫌ー、とか言って、いつまでも此処にいようとは思わないが。
(…いや、あの人ならフツーにタクシー呼んで悠々と帰んだろーけど)
それとも丁稚の自分を呼びつけるか、西条にでも迎えにこさせるか?
現実にありそうな事を考えながら、苦笑する。
一通り考えて、妄想して、苦笑して。
しかし雨は降り止まず。
「…しゃーねぇ、走るか」
諦めた様に腰を上げつつ溜息一つ。
せぇの、と気合いを入れて、スタートダッシュをかまそうとした所で。
「…走って滑ってコケると痛いからやめときー」
どこかのほほんとした、苦笑を含んだ呑気な声が掛けられた。
相合傘。
あんまり男同士ではしたくないそれだが、横島もこの際しゃーない、と諦めて。
「もーちょっと寄らんと濡れるで?」
「んー?…んー…」
何というか、居心地が悪いというか、照れ臭いというか。
微妙な顔をしながら、視線をあさっての方向に、心持ち身体を寄せる。
「…何照れてんねん」
「てっ、照れてねーよ!!」
「別に人が見てる訳でもなし。雨なんやから仕方無いやろ」
「だからっ!!照れてねーってば!!」
そう言う横島の顔は赤い。
まぁ、その勢いでまた身体は寄った訳だから、それはそれでええか、と思いつつ。
鬼道はそれを悟らせない為に、その態度への反応としての苦笑を見せて。
「えーから行くでー」
「…う~…」
何やら呻いている横島を無視し、そのまま家へと。
到着。
傘を閉じる時。
ふと、思い付いて。
傘で自分達を隠す様に。
そして。
不意打ちの動き。
感触は、いつも通りの柔らかさ。
「…お前はしゅーちしんをどっかに忘れてきている気がするぞ、鬼道…」
「大丈夫や、隠しといたから」
「そーゆー問題ぢゃねぇよ!!」
「…さっきから発音変やで?」
「誰の所為だぁ!!」
「まーええやん、別に」
「よくねぇよ!!」
「顔赤いでー」
「だから誰の所為だと!!」
うがー!!と照れ隠しに暴れる横島と、笑ってかわす鬼道と。
雨の中。
梅雨の最中。
バカップル共は、別段変わる様子も無い。
後日。
じとじと、じめじめ、湿気を含んだ空気と、水が降る、ただそれだけで何故か気が滅入ってしまう、雨と。
それが続く季節、梅雨。
降り続く雨を事務所の室内、窓から眺め。
「本っ当、雨って嫌よねー」
ぼやく所長は溜息吐いて。
「風情があっていい時もあるじゃないですか。お日様も雨も、自然のお恵みですし。…確かに、こう続くと洗濯物が干せなくて困りますけど…」
乾燥機より自然乾燥がお好みな、所帯染みた、しかし家事を一手に引き受けるが故の少女の切実な発言があれば。
「先生との散歩がぁ~…」
しょんぼりと尻尾も垂れ下げ、ソファーに脱力した様に座り込む狼娘も居て。
「雨だと仕事の休み多くなるし、私は嫌いじゃないけどねー」
狐娘はだらだらと寛ぎながら、のんびりと言う。
「そんじゃ今日も休みっすか?」
そんな様子に苦笑を零しつつ、黒一点。
横島の問いに頷きつつ、何とはなしに聞いてみる。
「そーいや、横島君は雨ってどう?そんな上等な情緒持ってないと思うけど」
「どーゆー意味ですかっ!?…まー、別に好きでも嫌いでもありませんけど…」
ふと、脳裏に甦るのは。
「…たまになら、いいんじゃないですかね」
「んー、まーねぇ。ずっと晴れってのも味気ないし」
書類に目を落としながら軽く返す美神にも。
丁度人数分の紅茶を淹れていたおキヌにも。
しょぼくれていた狼娘とだるだるな狐娘にも。
「そーっすねー」
その黒一点が幸せそうな笑みを浮かべていた事には、気付ける筈も無く。
(…次は俺がやってやろう、アレ)
本人にさえ自覚無く、横島の笑みは深まっていた。