春の香りを胸に。
ピリリとした空気、 切ない温もり。
ほんのりと春の香りを引き連れた甘い明朝、
ワタルはそばの存在に吸い寄せられるように目を覚ました。
髪とおなじいろのひとみがワタルを見つめる。
ひとさじの困惑が映されたその宝石は、月明かりの下ゆらゆらと煌めいていた。
「なあ、亘。 オレはこんなに幸せで、 ほんとうは いけないんだ…」
自分ではない大切な存在を ただ起こってしまった悪意から救い出す為だけに、
たくさんのものを傷つけてしまった幼い旅人は
もうひとつの存在により作られたこの幸せな日々を、ありがたい!と傍受できない
幼く、謙虚で、あまりにもやさしい「いきもの」だった。
ワタルはそんな彼をみると、途方もない不安に駆られ、
涙がでてしまうような胸の軋みを感じずに入られなかった。
そうだよ、ミツルは取り返しのつかないことをしたんだ。
償いに、ミツルは存在しちゃいけないんだよ、幸せになっちゃいけないんだよ。
ミツルのほしい言葉。自分の存在をいけないものだと、誰かに決め付けられてしまうと云うこと。
言葉にすれば、きっとミツルはらくになるだろう。
そして、 いまよりもずっと、自分と云う「いきもの」をぞんざいに扱うだろう。
それだけはいやだった。
なんとしてでも、しあわせにしてあげたいんだ。
悲しい涙を 暖かい涙に変えて、ミツルの大好きなあの星空を一緒に眺めたいんだ。
「そんなことないよ、ミツルのしたことは、全部ボクが、あるべき姿に戻したんだから…」
だから、あんしんしてねむろう? あしたは ミツルのしたいこと
ひとつ、つくって それから一緒に…
小さないきものたちは、その手をかたく握り合って、
幸せの設計図を作り上げていく。
プラネタリウム、水族館、水平線の見える丘
春になったらはらっぱで、はなかんむりを編んであげる
きっと、ミツルに似合うだろう。だってこんなに綺麗なんだもの。
だから、微笑んでいて欲しい。
ずっと、ずっと。
おとなになっても しわくちゃになっても。
かじかんだ手を、ゆっくりとほぐしていくように。
この凍り付いてしまったこころに、すこしずつ幸せを
その口元が暖かさをはらんで、いつかはなひらくように。
すべてのものが、幸せ色に染まる
あたたかな春まであと少しの夜明けの話。