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夏祭りの夜の夢見せ

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「夏祭りっつってもなー…。そんな買い食いできる訳でもねーし………ん?」
「どうかしましたかノー横島さん?」
「いや、あれ」
 文句を言いつつ何だかんだとわたあめやら焼きそばやらりんご飴やらかき氷やら。
 散々タイガーにたかって食べながら。
 今はイカ焼きをその手に持って、ヨーヨー釣りの戦利品を一つ指に括り付けた方の手で、指差す先に。
 夫婦だろうか、浴衣を着てゆっくりと歩く一組の男女。
 そして、その後ろをとてとてとついていく子供の姿。
 青地に浮かぶ魚模様。帯にも大きな魚が泳ぐ。
 涼し気なその浴衣を纏う子供は、存在が希薄で。
 祭囃子に溶け込む様に。
 吊るされた提灯の朧気な灯りと、屋台から漂う食欲を刺激する様々な匂いと、雑多な人々の喧騒に霞む様にして。
 それでも確実に、そこに。
 少なくとも横島とタイガーの目には、しっかりと。
「………戻ってきたのかな」
「そうですノー…。あのお二人も、誰かを捜しておる様に見えますジャ」
 そう言って、二人は顔を見合わせる。
 口にはせずとも、考えている事は同じの様だった。



 花火が上がる。
 色とりどりの。
 夜空を鮮やかに染め上げる光達。
 その下、それを見上げる人々の中。
 一組の男女。先程の夫婦が並ぶ、その真ん中。
 子供がその隙間に、よいしょ、と可愛らしく声を出して、入り込む。
 そちらに目を向けた夫婦は、目を見開いて。
 驚きに固まって。
 しかし子供はそんな事には頓着せずに、笑顔で二人に手を差し出して。
 父と母を、生前の様に呼ぶ。
 夏の夜の、一夜の夢だと。
 何処かで誰かが言っている様な気がして。
 子供を前に、夫婦は涙を堪え、破願した。
 優しく、そっと、その小さな手を握り締める。
 その子の笑みは、花火の光に照らされて、とても綺麗に輝いていた。



 花火が終わり。
 笑顔を残して消えた子供に微笑んで。
 流す涙は地に落ちて。
 それでも穏やかに、幸せそうに、空を仰いで何事かを呟く二人の姿は。
 救いが訪れた証だろうと。



「………結局あの家族が気になって、ちゃんと花火が見れませんでしたノー」
「ま、いーんじゃね?喜んでたみたいだし」
 タイガーの精神感応と横島の文珠。
 子供の姿をあの夫婦に知覚できる様にして、一時的に触れ合える様にして。
 それと、ちょっとばかり、混乱させない為に、これは夢なのだと暗示を掛けて。
 ただそれだけだったけれど。
「………お節介だなー、俺等」
「ですノー」
 苦笑が浮かぶ。
 それでも、あの家族の笑みが見れた事は、素直に嬉しくて。
 並んで歩く帰り道。
 二人の苦笑は、そう苦くも無く。
「………あ」
 声が漏れた。
 とてとてと、足音。
 次いで、二人の間を、子供が通り抜けた。
 腕や足に当たる事無く、すう、と透けながら、そのまま前へ。
 実体の無いそれは、二人の前方で立ち止まり。
 笑って、一礼。
 そして、手を振りながら、また走っていく。
 元々が希薄だったその身体は、目の前で夜の空気に溶け消えた。
 その様子を些か呆然と見送って。
 ふ、と、笑みが浮かんだ。
「………礼儀正しいこって」
「いい子じゃノー」
 ゆっくりと歩き出す。
 その手はどちらともなく繋がれて。
 夏の夜。
 蒸し暑い筈の夏の夜も、心地好く。

「あ、そーだ。なー、タイガー。今、精神感応で花火上げられっか?」
「へ?………まぁ、出来ん事も無いですが………」
「じゃ、やれ!!」
「………此処で、ですカイノー?」
「いーからやれ♪」
「…………………」
 にこにこしながらの横島の言葉に、逆らえる筈も無い虎は、勿論そのリクエストに応え。
「………虎の顔っつーのがアレだが………ま、いーだろ」
「へ?………んっ」
 花火が上がる景色を作り上げたその下。
 唐突に始まった町中での花火大会に人々が目を向ける中。
 一つに重なった影は、その景色が消えるまでそのままだった。


作品名:夏祭りの夜の夢見せ 作家名:柳野 雫