夏の終わり【静帝】
見知ったバーテン服の金髪が立ち止まりジッと地面を見ている。
何をしているのかわからず帝人は声をかけるのをためらう。
通り道ではなかったのでその日は挨拶をすることなく帰宅した。
顔見知りに違いなかったので一言「まだ暑いですね」とでも世間話を持ちかければ良かったと後悔しだしたのは眠りにつく前、布団の中でだ。
次の機会にはそうしようと帝人は決意し意識を落とす。
寝付きはいい方だ。
翌日また帰り道、帝人はバーテン服を見つける。サングラスを外して彼はジッと地面を見る。
昨日とは少し違う場所だったが同じ行動だ。
日陰でもない場所で立ち止まり続けるのは今日の暑さでは大変だろう。
差し入れに自販機で何か買おうかと逡巡するも好みが分からないので諦める。
比較的甘いものを食べていた気がするが違ったら困る。
「平和島さん、お疲れさまです。お仕事ですか?」
「お、おぉ。お前は帰りか?」
「はい。あっち側の通り、使ってます」
帝人の声にパッと反応する静雄。
実は帝人が近づいてくることに気づいていたのだろうかと疑うがそれなら声をかける前に顔を上げてくれただろう。
「お仕事中でしたか?」
「いや時間潰しだ」
「お話しても?」
「平気だ」
静雄の言葉に帝人は微笑む。それに静雄は穏やかな気持ちになる。
どちらともなく日陰に移動して落ちきっていない太陽を見つめて「暑いですね」「そうだな」と毒にも薬にもならない会話を再開する。
「何をしてたんですか」
「あぁ見てた」
端的すぎる静雄の言葉に帝人は視線を先ほどまでいた場所へ視線を向ける。
よくは見えないが何かが落ちている。
「セミ」
言われればそのぐらいの大きさだと納得して帝人は静雄に目を向ける。
穏やかな顔は少しだけもの悲しそうにも見える。
「夏も終わりですね」
「そうだな」
蝉の大合唱が終わってだいぶ経ったが外は依然として真夏日同然。
夜になって風の親切に気づけるだけ温度は下がってきたものの今の時間はまだまだ暑い。
「秋になりますね」
都会はそれほどうるさくはないと親友から聞いたがそれでも無音ではないだろう。
虫の声は季節を告げる音である。
「・・・・・・そうだな」
帝人の言葉にわずかに瞬き口元をゆるめる静雄。
見つめられる視線の優しさに帝人は思わず恥ずかしげに目をそらす。
染まった頬に帝人は暑さを思い出す。
「アイス食うか」
「パピコですか」
「分けよう」
コンビニに向かう静雄に帝人は「はい」と頷く。二人の歩幅は違ったが帝人は遅れることはない。
((なんか、いいな))
お互いに感じていることなど知らずにゆるやかな時間を共有する。
夏の暑さも、蝉も、周囲の喧騒も、二人からは遠退いた。