雨の季節に
1
その日はどこまでも空を厚い雲が覆っていて、薄汚れた灰色の靄がずっと何もかもを包むように漂っていた。湿った腐葉土の香りが鼻腔をくすぐり、雨の季節特有の濃い湿気が息苦しく空気に満ちている。朝ならではの薄い光が葉や枝によって遮られ何倍も薄暗くなった森の中でシカマルは気付かれないように小さく溜め息を吐いた。歩き始めてもう一時間は経っただろうかと、なくなりかけた感覚を思い出すように空を見上げる。鬱蒼と茂るだけの静謐な森が、答えるように小さくざわめいた。
ここは恐らく木の葉の里の北に位置する禁域の森、上忍はおろか暗部でさえも一部の例外を除いて一切の立ち入りを厳しく禁止されている場所だった。捻じ曲がりながら広がった長い年月を思い起こさせる太い幹を持つ木々に、蔦が絡まり枯れて垂れ下がり、薄いクモの巣が露を煌かせそれにかかっている。時折吹く湿った風は異様に冷えて濡れた土のにおいを運んでいた。人がほとんど足を踏み入れていないせいで、苔むし、生い茂る森の深さは言いようのない異様な寒々しさをまとっている、シカマルは数えるほどしか禁域に足を踏み入れたことしかなく、またそれはごく浅い部分までだったから、こんなに広かったのかとアカデミーの時に見せられた地図を少し呪った。
何のためにここを歩かされているのかシカマルには未だによく分からなかったが、質問したとしてもきっと返事は返ってこないだろうし、たとえどんな返答が返ったとしても従うほかに選択肢は見受けられないだろうと、眼の前の少年を見る。彼から漏れだしたピリピリとした殺気が湿気のこもる空気を撫でるように広がり、鋭利な切っ先をシカマルに向けていた。
シカマルは、時折立ち止まり位置を確認するように左右を見る少年の横顔を見つめる。シカマルからすれば懐かしいとすら言えるアカデミーのころから見知ったこの少年は、そのころになじんだ表情とは180度違う顔をして、シカマルの前に存在した。
どうしてこんなことに巻き込まれてしまったのか、ここに至る経緯を思い出してシカマルは重い重い溜息を吐いた。思考から逃げるように、あいつら大丈夫かなーと、半日前には当たり前にみていた顔をなぜかひどく遠くに感じながら思い出していた。