雨の季節に
4
未だに森の中である。もう軽く二時間は歩き続けている。目の前を歩く子供が時折巨木に手を当て、何やら確認するようにしている姿から目的地はそんなに遠くないのだろうと言うことをシカマルは予測していたが、それはあまりにも無意味なことで、内心辟易としていた。
あのあと、あの後というのはもちろん意識を失った後のことなのだが、シカマルはその暗部によって運ばれたらしく、目を覚ましたのは森の中でもなく、牢獄の中でもなく、どういうわけか火影の執務室の中だった。火影の執務室であるからには、木の葉であることはまず間違いがない。だが両腕にはきつく縄が掛けられていた。これはまさか、ナルトのおふざけじゃないだろうな、と思いながら体を起こせば、そこにいたのは随分前に故人になったはずの三代目火影だった。
「目を覚ましたようじゃの」
そういって口火を切った三代目は、どうしてあんなところにいたのか、なぜ木の葉の額当てをつけているのかなどを俺に質問した。状況整理もろくにできないまま、三代目と質疑応答を繰り返し得た結論は、おそらく自分は過去へ飛ばされてきてしまったらしい、というにわかに信じがたい事実だった。
時間をさかのぼること十八年、おそらく自分自身もまだアカデミーに入ったばかりの時代に何を間違えたかとち狂ったか、来るという馬鹿げた状況になってしまったのは間違いなくナルトから貰ったあの巻物のせいで、それを当たり障りなく説明すれば火影は渋い顔でふむ、と考えるしぐさをした。
過去に戻る、という理屈では説明できないこともさながら、何よりシカマルが信じられなかったのがシカマルをここまで連れてきた暗部のことであった。火影の傍らで笑う狐の面をかぶりなおす、まだ発育途上の細っこい体躯の少年はあの、ナルトではないのだろうか。いぶかしんだ視線を投げかければ睨まれ、殺気を飛ばされる。ついぞ見たこともないような鋭利で冷たいものだった。
結局のところ、三代目火影がどれだけシカマルのことを信用したかは分からず、またこの状況をどうとらえているかも分からないまま、シカマルはこうしてナルトの後ろを歩かされている。状況を整理する時間はたっぷりあったが、その分あるだろう他の問題のことまで考えだすと頭の痛くなる思いがした。
三代目火影は取りあえずシカマルの処分を延期したと見えて、巻物の解読は解部に回すとシカマルに告げた。監視はナルトが行うとのこと。行動範囲を制限されるようではあったが、どこかに拘束されることもないらしい。まあ、言っても軟禁状態になることに違いはないが。
頭では理解できてはいても、それに感情がついて行くかどうかは別の話だ。無駄だとわかってはいても、これが夢じゃないかなんてことを考える自分がいる。シカマルはナルトを見ながらそんなことに思いをはせた。今でこそ、この今は十八年後の今、だが(全くややこしい)ナルトは火影という座につくくらいの実力を兼ね備えているが、アカデミー時代は俺と一緒に底辺を彷徨っていたはずだ。そんなナルトがこのナルトとイコールでつながるかといえば、少々難がある。かといって火影になったナルトとイコールでつながるかと聞かれてもどうにも首を傾げるしかない。
いったいどういうことなのか、シカマルの頭の中ではいくつかの仮定がすでに出来上がっていたけれど、正直どれも信じたくはなかった。
二時間になろうかと言うほど歩き続けてようやく、踏みならされたようなけもの道がうかがえた。小さいナルトは今度は確認することなく大木のそばにより、結界でも張っていたのか印を組むしぐさをしてすぐに離れた。シカマルがそちらに近づこうとすると、警戒するような鋭い視線が返されるので、その場で足を止める。湿気を擦って少し冷えた風がふわりと漂っている。ナルトは厳しいまなざしのままシカマルを見つめ、それから小さく息を吐いた。
「俺は、お前を信用しない」
冷えた瞳は品定めするようにシカマルを見る。これは自分にとって害をなすか否か、探っているような視線だ。シカマルは少し居心地が悪いような気になりながら、ナルトの言葉を反芻していた。温度の無い瞳は、ただ虚空を見つめるようにシカマルを見て、綺麗な冷たいほどのセルリアンブルーを細めている。その色はどこか厳しさと寂しさを称えているようで、シカマルに冬の空を思い起こさせた。
まるで別人だ、と違和感がしきりに訴えてはいるものの、これが本来のナルトであるのかどうか、シカマルに判断できる材料がなかったため声は空滑りするように現実味がなかった。
「俺は、火影みたいに甘くないから。」
凛とした声音で、それでいて酷く冷たい響く、聞きなれたトーンよりも幾分高い声は不思議なほどこの不気味な森に同化している。見慣れた表情や、言葉使いやイントネーションとも違う、それだけでここまで印象が変わるものかとシカマルはぼんやりと思う。ナルトは静かに静かに言葉を吐いた。まるでその言葉に重りでもくくりつけているような慎重さで。
「変な動きを見せたら殺す。」
呟く声も低く、睨む瞳までが殺気をにじませて、まるで敵に対峙した時のようにピリピリとした緊張感をシカマルにむけていた。同時に、何て悲しそうな顔をするんだとシカマルは思わずにいられなかった。