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たつきんぐ
たつきんぐ
novelistID. 30325
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【S◇】呼吸を奪う、【主宮】

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 主匪、と名を呼ぶその喉を、縊ってやりたくなることがある。
 この果ての地に残された僅かな、けれど煩わしい幾つかのものから手を放してしまいたいと望み、砂に晒された水溜まりの涸れゆくように一本一本力を失いつつあるこの指を、当たり前のように繋ぎとめようとするその声。当たり前のように、今日の次の日を突きつけようとする、その。
 接吻を繰り返すたびに熱を蓄えてゆく呼吸ごと呑むように、幾度目かその唇に噛みついた。掌に握り込んだ右手首が苦しげに強ばる感触。
 そのまま、と腹の底に囁く声がある。いっそ、そのまま、灰色の水底へ閉じ込めるように。
 その先の暗闇を求めるようにしなやかな背を力に任せて掻き寄せ、―――ごつ、と視界がぶれた。
「―――ッてぇ……」
「……この馬鹿! ったく……殺す気か」
 容赦のかけらもない力で殴られた側頭部を押さえて呻く主匪の耳に、呆れと憤りを編みあわせた声が降る。眇めた目で見あげると、左手を拳の形に握りしめたままの宮の肩が、乱れた呼吸を落ち着かせようと上下していた。
 険のある目に睨めつけられ、主匪はぐっと黙り込む。どちらに非があるのかなんてわかりきっていて、だからこそなにも言えないし、なにも言いたくない。だけど、と思う。手前勝手な理屈で。だって、宮。おまえが。
 日々が積もる重さに崩れてゆくように心はゆっくりと虚無へ傾いて、だけど時折、不意に揺り返しのような激情に襲われる。心を殴りつけてくるその衝動をどこかに吐きださずにはいられない主匪の隣にいるのは、結局いつだって宮だ。
 それが子供じみた甘えであることはわかっている。―――だけど。
 視線を逸らしたまま口をつぐんでいると、ふと、頭上からまるいため息が転がってくる。
「―――で、どうすんだ」
「……なにが」
「しねぇの?」
「……殺しちまうかもしれないぜ?」
 やっと視線をあげ、嫌みったらしく笑ってみせると、間髪入れず横っ面をはたかれた。べちん、と響いた間抜けな音のあとに、着古した着物の袖が膝に落ちる。
「ちゃんとやさしくしろよ」
 降ってきたくちづけは、主匪の吐きだそうとしたそれと同じ行為とは思えぬほど柔らかい。なだめるように瞼を撫でた指先が、そのまま視界を殷紅に閉ざす。
 甘露、という言葉の意味を、主匪は宮の存在に知った。それは同じほどの色濃い苦みとともにあって、今やもう舌先を潤すばかりのものではなくなってしまったけれど。
 縋るように腕で囲うと、僅かな合間に名を繰り返された。同じ音の、異なる文字の。宮が刻んだ名前。主匪。
 縊ってでも止めたいと望んだはずのその声が、結局主匪に息を吹き込む。止まない熱。今日の向こうに明日を揺らめかす声。未来のことなんてただのひとつも口にしないのに、それでも主匪にそれを見せる、痛みに似た光。宮。
(……苦しい)
 だから―――だから嫌なんだ。