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プログラムは夢を見ない

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サイケデリック・ドリームズ

それがオレたちに与えられた名前。さて誰がこんな滑稽な名を与えたのか。
小さな箱の沢山のデータと情報の中に住んでいる電子の一部。それがオレたち。
詳しいことはよく知らない。自分のことだけどあんまり興味がないから。
オレたちはこの箱から出られない。いつ死ぬのか、死ねるのかさえわからない。
終わりがわからないからどうしようもない。何をする気にもならない。
無気力、とはちょっと違う。与えられた仕事はきちんとやっているつもりだ。
少なくともオレの兄よりは、きちんとしている。

『サイケがいなくなっちゃった。探しに行ってよ、デリック』

マスターからそう言われたので、黙って頷いて探しに行った。
ほら、オレはちゃんと働いているだろう。どっかでふらふらしている兄とは違う。
この箱の中でしか生きられないのに、仕事を捨てて何処かへ行く兄の気持ちがわからない。
兄はどこまでも自由で、でもオレたちの自由ってそんなものはつまり欠陥だ。
きちんと言われたことをするのがオレたちの存在意義で、それ以外は求められない。
筈、だけど。オレたちのマスターはどこまでも変わりものらしい。
欠陥品である兄をあえてそのまま残した。何をどう気に入ったのかは知らないけれど。
そしてその足りないものを補うためにオレというバージョンアップ版を新たに作った。
だからオレたちはふたりでひとつなのだと、マスターがいつかそう言っていた。

今日も俺はこの小さな箱の中を走り回る。フォルダの中をあっちこっちへ。
写真のいっぱいつまった場所を覗くと、そこの奥のほうにちょこんと座る兄が居た。
膝を折って座りながら、首を伸ばしてたくさんの写真を眺めている。
その横顔があまりにも楽しそうにしていたから、声をかけづらいと思った。
黙ってその隣に座る。くわえていた煙草から匂いのしない煙が出る。
その煙が、兄が見ている青空の写真を覆うようにして流れた。

「まるで雲みたいだねぇ」

ふふ、と笑う呑気な声に正直、呆れた。兄が笑うと、ピンク色の音符が見える。
これは俺の目がおかしいのではなくて、仕様だ。マスターの趣味はちょっと変。
とか思っていると、俺の煙草からも音符の形の煙が出るから、ちょっと嫌だ。
それを見て、またくすくす笑う兄の目が、やっぱりきらきらしている。

「ねぇ、いつか本物の空を見に行かない?」

オレたちは箱の中に住んでいるプログラムの一部だ。この箱から出られるわけがない。
そんなことは兄だってわかっているのに、どうしてそんなことを口にするのだろう。
桃色の瞳が細められて笑う。しろいふわふわのコートは兄の性格を表したような。
だとしたら、かっちり着こまれたオレの白いスーツはオレの何を表しているのだろう。
型にはまたことしか考えられない頭のこと?でも、それって普通なんじゃないの?
だってオレはマスターに作られたプログラムなのだから、自由なんて持ってない。

「サイケは、ここから出たいのか?」

ふう、と息を吐くと音符の形をした煙はすっかり消えてしまった。
何となく、兄の顔を見ていられなくなって、オレは下を向いてそう言った。
靴のつま先が見える。汚れ一つない。この世界で足を汚すことはない。
それを寂しいと思ったことはなかったけど、兄の隣に居ると何だか寂しくなる。

「何処へも行かないよ。デリを置いてはいけないもの」

兄はいつもきらきらしている。目とか、声とか、存在そのものが。
話にしか聞いたことのない未来っていうのは、きっと兄みたいなものなのだろうな。
オレにはそんな光るものはない。兄からバージョンアップした存在なのに。
兄の足りないものをサポートするために生まれてきたのに。
自分の手にあるものがわからない。オレのほうこそ足りないものばかりだ。
兄を見ているとちり、と胸が痛くなる。バグかと思ってマスターに相談したこともある。
けれどマスターは「兄弟そっくりだ」と言って笑うだけで何も教えてくれない。
苦しかった。兄を見ていると自分が劣っている存在のようで。辛かった。

「ボクの弟は、泣き虫だなぁ」

ぽろりぽろりと、自分の両の目から気付かないうちになみだが零れていた。
ただのデータにすぎないオレから流れたこれが、涙と呼んでいいものなのだろうか。
だけど痛くて苦しいものは、この胸に確かにある。それはわかった。
やっぱりバグだ。だったら直してくれればいいのに。マスターは本当に意地悪だ。
兄がオレの頬に両手を添えると、流れる涙に触れながら嬉しそうに笑う。
擦る、というよりはやさしく撫でるように、サイケの指がオレの涙に触れている。
一筋に流れて落ちるはずだった涙が、そうやって伸ばされると、頬がつめたくなった。
まるで雨にぬれたみたいだ。雨なんて降られたことはなかったけれど。
兄の優しい指に撫でて貰っても、オレの涙は止まらなかった。
このままずっと止まらなかったらどうしよう、そんなことを考えていた。

「デリは、ボクに持ってないものをいっぱい持っているね」

いま、兄が言ったことは、さきほどまで自分が思っていたこととまさに同じで、驚いた。
ぱちり、と瞬きを数回繰り返すと、まるでそれがスイッチだったみたいに涙が止まる。
びっくりすると涙って止まるのだろうか。そういう仕組みになっているのだろうか。
泣いたのなんて初めてだから、よくわからないけれど、兄の言葉の意味は理解できた。
それは、ぜったいに違う。思わず、頬に触れていた兄の両手を掴んだ。

「オレは何にも持ってない、サイケのほうがいっぱい持ってる」

きっぱりと、兄の目を見てそう言った。兄はそれを見て少し驚いている様子だった。
でもそれも数秒だけで、すぐあとには肩を震わせて笑っていた。
ぴょんぴょん、とピンク色の陽気な音符があたりに散らばってくる。
今まで見たことないくらいの量が発生している。兄が笑うとどんどん出てくる。
床に散らばったピンクの音符がまるで絨毯みたいに敷き詰められていく。
何か重大なエラーでも発生したのかと思って怖くなってきた時。
オレが掴んでいた腕を振りほどかれて、また兄の手によって両頬を包まれる。

「何言っているの、ボクの未来がデリックなんだよ?」

そして額に、触れるだけのキス。ちゅっと可愛らしい音がして、それはすぐに離れた。
唇の代わりにサイケの額が俺の額にくっつく。こつんと骨と骨がぶつかる。
そこからじわりと伝わる自分以外の熱を、目を閉じながら感じていた。
うすい皮膚一枚を隔てただけの、簡単な壁なんてすぐに無くなってしまいそう。
それくらい、合わさったオレたちの額はよく似ていて、ひとつに混ざっていきそうだった。

もともと、ひとつになるべきだった存在。
オレはサイケの中に取り込まれてサイケのものになるはずだった存在。
それがこうして、ふたつで成り立っている。それはちょっとした、奇跡みたいなもの。
お互いがお互いを、補うようにして存在しているのだから、惹かれないわけがない。
オレがサイケに思っていることを、サイケも同じように思っているのかな。
そうだったら嬉しいな、なんて。夢みたいなことを思った。


きみはだいじな、わたしだけのドリーム。
作品名:プログラムは夢を見ない 作家名:しつ