Nicht eilen
――そして、何のホラー映画を見るのか決め切れなかった二人は週末、一緒にレンタルショップへDVDを選びに行くことになった。夕方の五時に駅で待ち合わせをして、二人で連れ立って近くのレンタルショップへ歩いていく。帝人の地元のレンタルショップはだいたいが駐車場つきの店が多く、こんなふうに繁華街のビルの中にぽんと店舗が入っていることは少ない。慣れない店内の物珍しさにきょろきょろしながら帝人は臨也の後をついていった。
週末の店内は、賑やかだった。仕事の疲れを癒す映像でも探しに来たのかスーツ姿のサラリーマンもおり、アニメーションのコーナーでは家族連れが明るい声をあげてDVDを選んでいる。おそらく週末を一緒に過ごすのであろう恋人同士もいて、手をきゅっと握りしめあったその姿に帝人の心臓がひとつ跳ねた。傍目からでは決して分からないだろうが、臨也と帝人も彼らと同じDVDを探しに来た恋人同士なのだと考えると、頬が熱くなる。思わず幸せそうな後姿を見送ってしまい、足が止まった。
「帝人くん? どうしたの、こっちだよ」
後ろをついてくる足音が途切れたことを不審に思って臨也が振りかえる、そして、さりげなく彼は手を伸ばしてきた。ひんやりとした体温が帝人の手に触れる。くい、と引っ張られて帝人は抵抗することなく後に続いた。
ただ引っ張られているだけなのだが、それでも手を繋いでいるという事実が嬉しい。これまで、臨也と帝人は付き合っていると言っても、キスは当然、こんなふうに手を繋ぐこと自体がなかった。今頃気付くのもおかしな話だが、圧倒的に触れ合いが足りない。そしてそれに気付いてしまった今、帝人は心も体も臨也に近づきたくて仕方ないのだ。こんなささいな接触ですら、ドキドキとうるさいくらい心臓がなっている。臨也と手を繋いでいるということが、先ほど目にした恋人同士を連想させて余計に顔に血が集まってきた。臨也の手のひらが冷たくて心地よいのは、帝人の体温が上昇しているからだ。恋人っぽいことをしている、という事実が、恋人同士なのだという自覚を高める。そして帝人は、ますます疑問を解決せねばという気持ちになってきた。同性ゆえに不可能なことがあるというのは分かっている。しかし、同性でも出来ることをしない、という理由は分からなかった。恋人同士であれば普通にすることを、どうして臨也と帝人はしていないのか。
何度か訪れたことがあるのか、臨也は迷う様子もなくDVDの棚の間を進んでいく。少しくらい迷ってくれてもいいのに、と心の中だけで呟いた。おそらく目的のコーナーにつけば臨也は手を離してしまうだろうから。
「ここだね」
いかにもといったDVDケースが並んでいるコーナーで臨也は足を止めた。帝人はややぎょっとする。ホラーもののコーナーがこんなに大きいとは思わなかったのだ。そこには海外の作品から国内の作品まで、血文字の似合うようなタイトルがずらりと並んでいた。
「これは選ぶのたいへんそうだねー。とりあえずオススメってやつにする? 帝人くん、どんなのが観たい?」
帝人を目的のコーナーまで連れてくるという目的を果たしたためか、臨也の指がするりと帝人から離れようとする。DVDの背をなぞる臨也の目線とは逆に、帝人は周囲へさっと目をはしらせた。この週末に家でゆっくりホラーを鑑賞しようとしているのは、どうやら臨也と帝人だけのようで、賑わう店内の中、ここだけ全く人がいなかった。それならば、と帝人はごくりと唾を飲み込んだ。離れようとする臨也の指にぎゅっと力を込める。驚いた臨也が帝人へ視線を向ける気配は感じたが、彼の顔を見返す勇気などない。カーッと頭に血が昇る。空調のきいた店内で背中にしっとりと汗をかいていた。
作品名:Nicht eilen 作家名:ねこだ