ワンルーム☆パラダイス
「……。」
――はっ、ハハハハそーかいそりゃ失敬、顎髭を引き攣らせてゴリラ局長は絶句した。――しかし世の乱れも末であることよ、黄昏る局長の後ろで、くわえ煙草の不遜な部下は相変わらず我関せずに無の境地である。
そのとき、バタンと階下のドアが開き、赤毛をおだんごふたつに結ったチャイナ服の少女が中庭に飛び出してきた。薄い胸に何やら立体物を抱えた少女は、いまだ小道の敷石の上でキャッキャウフフ笑い倒しているおじさんと少年の脇をすり抜け、中庭の一角にしゃがみ込んだ。辺り一面、庭草の上ににょっきにょっきと得体の知れない造形物が立ち並んでいる様は、不気味を通り越して壮観ですらある。少女は、運んできた粘土細工のブツを空いたスペースによいしょと据え付けた。
「――、」
立ち上がって後ずさり、少し離れた位置から全体のバランスをチェックするような動きを取る。
「――ヨシ、」
おだんご頭を上下させて、少女は満足げに頷いた。
「……グラ子〜、」
と、庭にまた誰かが現れた。菫色の瞳で少女は声の方を振り向いた。
「へぇ、なかなかイカレてるじゃないか」
イカすベレー帽の下に赤毛をおさげに垂らした、少女の兄と思しき人物がスケッチブック片手に言った。少女は指先に作ったファインダーで、作品群を覗く素振りをした。
「……もーちょっと、ナウでヤングでまくどなるどなぜすぷりごーるどが欲しいトコあるけどな、」
「団長、グラ子さん、」
そこへ今度はまたえらくガッチリしたガタイにズタボロマントを引っ掛けた世紀末ヒッピーおじさん(見た目)が表に出てきた。
「絵画教室の時間なんでちょっと出てきますね」
破れた麦藁帽に肩から斜め掛けした水筒、大きな布袋を抱えておじさんは言った。コワモテのわりに存外腰は低そうだ。
「行ってらっしゃーい!」
少女が元気に手を振った。
「……今日は子供泣かすなよ、」
茶化すように兄が言った。無頼派おじさんは肩を竦めた。
「泣かすつもりはさらさらないんですけどね、こっちの顔見て勝手に泣かれるもんですから」
――仕方ないですよ、慣れてますからとおじさんは乾いた笑いを浮かべた。
「……あらお出かけですか、」
おじさんと入れ違いに黒髪ポニーテールの気の強そうなお姉さんがアパートに帰って来た。どういう間柄なのか、後ろに小柄な眼帯剣士を連れている。ボディガードなんかつけなくても、お姉さん単体で十分やり手の雰囲気を醸しているのだが。
「ええ、今日は教室の子供たち連れてどーぶつえんなんです」
軽い会釈をかわしておじさんが言った。
「――大変ですね、」
続けて二言三言、おじさんと世間話のあとでお姉さんが庭に入ってきた。
「ぼんじゅーる!」
手を上げて少女が言った。
「ムッシュウまどもあぜる、」
兄はさっとベレーを取ると腕を広げ、交差した足を軽く曲げる仕草で騎士道チックに挨拶した。
「……あらまた増えたのね、」
兄妹と居並ぶ造形物の一群に目をやって、にこにこと機嫌よくお姉さんが言った。
「ウンある!」
お姉さんに懐いているらしい少女が笑顔で駆け寄った。
「お女少さーーーーーーんっっっ!!!」
と、窓辺に寄り掛かっていた天パを突如押し退けて身を乗り出したゴリラ局長が、お姉さんに向かってぶんぶん千切れんばかり手を振った。
「貴ッ様ァァ!!!」
――おのれ性懲りもなく! お姉さんの後ろからついて来ていた眼帯剣士は結った黒髪を跳ねて二階をキッと睨み付けると、ネギの飛び出たレジ袋をブン投げて腰の獲物に手をやった。
「……。」
突き飛ばされて畳に転がっていた天パは腰をさすってむくりと起き上がり、ガラ空きの局長の背中を無言で窓の外に蹴り飛ばした。
「あーーーーれーーーー」
真っ逆様に転落していった局長の後ろ頭に、
「天誅ッ!!!」
眼帯剣士が振り上げた刀で斬りかかった。
「……。」
――やれやれ、気怠そうに玄関脇に待機していた隊員は取り出した煙草にマヨネースボトル型のライターで火を点け、一つ煙を吐いて言った。
「それじゃ先生、今度また同じことやったら我々も見過ごすわけにいきませんのでね、」
――最後通告ですよ、黒髪の隙に覗く目が鋭い眼光を放つ。踵を返して彼は去った。
「……。」
先生はみかん箱の前に座り直した。長い髪を一つに縛り、ペンをインクに浸すと、――カリカリカリカリ! すさまじい勢いで新たな原稿を執筆にかかる。
(……。)
どれ軽く摘めるサンドウィッチとコーヒーでも用意しときますかね、天パ男は着流しの縒れた膝を払うと、部屋の隅の小さな流し台に向かった。
+++
――はっ、ハハハハそーかいそりゃ失敬、顎髭を引き攣らせてゴリラ局長は絶句した。――しかし世の乱れも末であることよ、黄昏る局長の後ろで、くわえ煙草の不遜な部下は相変わらず我関せずに無の境地である。
そのとき、バタンと階下のドアが開き、赤毛をおだんごふたつに結ったチャイナ服の少女が中庭に飛び出してきた。薄い胸に何やら立体物を抱えた少女は、いまだ小道の敷石の上でキャッキャウフフ笑い倒しているおじさんと少年の脇をすり抜け、中庭の一角にしゃがみ込んだ。辺り一面、庭草の上ににょっきにょっきと得体の知れない造形物が立ち並んでいる様は、不気味を通り越して壮観ですらある。少女は、運んできた粘土細工のブツを空いたスペースによいしょと据え付けた。
「――、」
立ち上がって後ずさり、少し離れた位置から全体のバランスをチェックするような動きを取る。
「――ヨシ、」
おだんご頭を上下させて、少女は満足げに頷いた。
「……グラ子〜、」
と、庭にまた誰かが現れた。菫色の瞳で少女は声の方を振り向いた。
「へぇ、なかなかイカレてるじゃないか」
イカすベレー帽の下に赤毛をおさげに垂らした、少女の兄と思しき人物がスケッチブック片手に言った。少女は指先に作ったファインダーで、作品群を覗く素振りをした。
「……もーちょっと、ナウでヤングでまくどなるどなぜすぷりごーるどが欲しいトコあるけどな、」
「団長、グラ子さん、」
そこへ今度はまたえらくガッチリしたガタイにズタボロマントを引っ掛けた世紀末ヒッピーおじさん(見た目)が表に出てきた。
「絵画教室の時間なんでちょっと出てきますね」
破れた麦藁帽に肩から斜め掛けした水筒、大きな布袋を抱えておじさんは言った。コワモテのわりに存外腰は低そうだ。
「行ってらっしゃーい!」
少女が元気に手を振った。
「……今日は子供泣かすなよ、」
茶化すように兄が言った。無頼派おじさんは肩を竦めた。
「泣かすつもりはさらさらないんですけどね、こっちの顔見て勝手に泣かれるもんですから」
――仕方ないですよ、慣れてますからとおじさんは乾いた笑いを浮かべた。
「……あらお出かけですか、」
おじさんと入れ違いに黒髪ポニーテールの気の強そうなお姉さんがアパートに帰って来た。どういう間柄なのか、後ろに小柄な眼帯剣士を連れている。ボディガードなんかつけなくても、お姉さん単体で十分やり手の雰囲気を醸しているのだが。
「ええ、今日は教室の子供たち連れてどーぶつえんなんです」
軽い会釈をかわしておじさんが言った。
「――大変ですね、」
続けて二言三言、おじさんと世間話のあとでお姉さんが庭に入ってきた。
「ぼんじゅーる!」
手を上げて少女が言った。
「ムッシュウまどもあぜる、」
兄はさっとベレーを取ると腕を広げ、交差した足を軽く曲げる仕草で騎士道チックに挨拶した。
「……あらまた増えたのね、」
兄妹と居並ぶ造形物の一群に目をやって、にこにこと機嫌よくお姉さんが言った。
「ウンある!」
お姉さんに懐いているらしい少女が笑顔で駆け寄った。
「お女少さーーーーーーんっっっ!!!」
と、窓辺に寄り掛かっていた天パを突如押し退けて身を乗り出したゴリラ局長が、お姉さんに向かってぶんぶん千切れんばかり手を振った。
「貴ッ様ァァ!!!」
――おのれ性懲りもなく! お姉さんの後ろからついて来ていた眼帯剣士は結った黒髪を跳ねて二階をキッと睨み付けると、ネギの飛び出たレジ袋をブン投げて腰の獲物に手をやった。
「……。」
突き飛ばされて畳に転がっていた天パは腰をさすってむくりと起き上がり、ガラ空きの局長の背中を無言で窓の外に蹴り飛ばした。
「あーーーーれーーーー」
真っ逆様に転落していった局長の後ろ頭に、
「天誅ッ!!!」
眼帯剣士が振り上げた刀で斬りかかった。
「……。」
――やれやれ、気怠そうに玄関脇に待機していた隊員は取り出した煙草にマヨネースボトル型のライターで火を点け、一つ煙を吐いて言った。
「それじゃ先生、今度また同じことやったら我々も見過ごすわけにいきませんのでね、」
――最後通告ですよ、黒髪の隙に覗く目が鋭い眼光を放つ。踵を返して彼は去った。
「……。」
先生はみかん箱の前に座り直した。長い髪を一つに縛り、ペンをインクに浸すと、――カリカリカリカリ! すさまじい勢いで新たな原稿を執筆にかかる。
(……。)
どれ軽く摘めるサンドウィッチとコーヒーでも用意しときますかね、天パ男は着流しの縒れた膝を払うと、部屋の隅の小さな流し台に向かった。
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作品名:ワンルーム☆パラダイス 作家名:みっふー♪