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みっふー♪
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novelistID. 21864
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ワンルーム☆パラダイス

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「?」
事情を知らない眼帯剣士は剣を構えたままきょとんとしている。先生が少し首を傾げて言った。
「……うーん、てろりすとっていうのは、もしかして木圭くんのことかな?」
「!」
――まさか、先生以外にも同じアパートにもう一組?! 家賃の割に立地もいいし安穏と暮らしていたけれど、ここはそんなに恐ろしい場所だったのか、手を取り合った姉弟の身体に緊張が走った。
「せんせーっ」
と、張り詰めた空気を澱ませて、二階の廊下に力の抜けた声が響いた。着ぐるみを連れてギシギシ階段を上がってきたロンゲが訊ねた。
「上に誰か越してきたんですか? さっき表で引っ越し屋のツナギの人見たんですけど」
「木圭くん、」
先生が振り向いた。刀の柄に手を掛け直して眼帯剣士が眉間を歪めた。
「引っ越しも何も、国家権力を笠に着た悪質ストーカーがお女少ちゃんの隣に棲み付こうとしているだけだっ」
「いい加減しつこいぞキミも!」
局長が地団太を踏んだ、
「ホンイキで仕事だって言ってるだろっ! 君さー、人の話聞かないとか思い込み激しいとかってよく言われないっ?」
今まで姉の前で随分我慢してエエカッコしいぶっこいてたのが、ついに限度を超えたのか、やや半ギレ気味に局長が言った。
「うるさいいーからとにかく出てけっ! それか僕に斬られて氏ね!!」
「……。」
眼帯ボクっ娘が自分の代わりに終始キレているので、いい加減どうしたものか、苦笑いで姉も出方を見失っている。メガネ弟に至ってはもはや完全に空気だった。
「……まぁまぁ、」
いがみ合う二人の間に割って入ってロンゲが言った、
「形だけでも引っ越しはいちおう引っ越しなんだし、この先どうすれば最善の解決策が得られるか、皆でソバ食ってから改めて考えようじゃないか」
ロンゲは先生の方に首を向けた。
「先生、あいつ部屋にいますか? ソバ粉借りようと思って来たんですけど」
「ああ、炊事が終わってたぶんだらだらしてますよ」
先生が返した。ロンゲがはははとロンゲを掻いた。
「いやぁ、引っ越し屋のツナギ見たらとろろつなぎの更科ソバすんげー食いたくなっちゃって、」
条件反射ってオソロシイですなあ、誰にも何も聞かれてないのにロンゲはひとりでぺらぺらしゃべった。
ロンゲがソバ粉を借りに場を離れた後も、ゆらゆら揺れる切っ先を局長に向けたまま、ボクっ娘はずーっとカリカリしていた。
(……、)
――そうだお腹が空いているのかもしれない、先生は姉弟にことわっておすそ分けのサンドウィッチをボクっ娘に勧めた。ブルーベリー&クリームチーズのベーグルサンドをもしゃもしゃ食って、ボクっ娘はいくらか落ち着きをみせた。
間もなく廊下を曲がってロンゲがトボトボ戻って来た。どうやら、目的のものは手に入れられなかったらしい。
「ソバなんかいちいち粉から打つかよって、運悪く乾麺も切らしてて、カップめん1コしか借りられませんでした……」
「……!」
――ええー、周囲に落胆の声が上がった。初めは何が引っ越しソバだよと思っていた面々も、ロンゲの帰りを待っている間に脳内がすっかりソバに浸食されてしまっていた。熱々(もしくは冷たいつけ汁)の心くすぐる絶妙のだし加減、箸に手繰って啜るや鼻腔を吹き抜ける素朴でありつつ且つ気品にあふれた香ばしさ、……肩透かしを食らった格好で項垂れている彼らの心を湧き立たせるような、よく通る声に先生が言った。
「たとえカップめん1コでも、ソバはソバです。皆で分け合えば十分立派な引っ越しソバではありませんか」
「……。」
――なるほどそうかぁー、そーかもね、ここはそーゆーコトにしといてもいいんじゃないかな、一同はダダ下がりしていた気分を持ち直した。
「――では、」
姉にやかんを用意してもらったロンゲが、代表してカップにお湯をだばだば注いだ。砂時計で計ってきっちり三分後、カップめん一つと、それからサンドウィッチの残りを六人と一匹で仲良く分け合って、引っ越しソバの宴は無事幕を閉じた。
当初の完全アウェイが嘘のよう、温かいもてなしに感激した局長はすっかり心を入れ替えて、個人的なストーカー行為になんやかんやと手前勝手な正当性を与えようとしていた己の卑劣さを真摯に詫びた。
――特別警戒のやり方は他に考えます、……思わぬところで新情報も入ったことだし、引っ越し屋コスにびしりと敬礼をキメて、局長はどーぶつえんのゴリラ山にウホウホ引き上げていった。
さっぱりと憑き物が落ちたような背中を見送った眼帯ボクっ娘も、何やら思うところがあるようであった。
すぐにカッとなって見境なく剣を抜く短気な性格を改めたい、それから、悔しいけれどあのゴリラに言われた通り、お女少ちゃんの気持ちも考えず、自分の思いばかり押し付けていたことを恥ずかしく思う、
「……だけどこれだけは信じて欲しいんだ、」
俯いていた顔を上げ、キラキラと曇りのないまっすぐな瞳を姉に向けてボクっ娘は言った、
「お女少ちゃんの幸せを心から願う気持ちは本物だから」
――かぁぁ、言い終えた後で珊瑚色に頬を染めて、――べべべつにテレてなんかいないんだからねっ!的なアレのカンジでボクっ娘はそっぽを向いた。
「ありがとうキュウちゃん、」
姉はにっこり微笑んだ。
(……。)
それを見ていた弟は急に無性に寂しくなった、――ヨシ僕もいますぐマ夕゛オさんに会いに行こう、なぁに5秒で届く距離だもの、
「先生もうサンドウィッチないんですか、」
連れ立って廊下を歩き始めたロンゲと着ぐるみと先生の横いっぱいの渋滞が、気ばかり逸る少年の行く手を塞いだ。
「残りは下のアトリエに持っていこうと思ってたんです」
歩みと同じゆったりした口調に先生が返した。
「あそこの兄妹、帰国子女のグーラちゃんとムーイくん、すごくたくさん食べるでしょう? 親代わりの阿部さんも大変だと思うんですよ」
「あー、確か遠縁かなんからしいですけどねー、俺だったらとても面倒見切れませんよ、」
羽織の腕組みにロンゲが言った。よもや連中の正体になどまるで気が付く由もない、極めて平和な革命思想家とその弟子のてろりすと、彼らのすぐ真後ろで、
(……。)
――てめぇらチンタラダベりながら歩ってんじゃねぇよっ! ギラリ底光りする眼鏡の奥で怒りに揺れる紅蓮の焔が燃え盛っていることなど、当然の如く意識の範囲外なのであった。


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