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体感距離

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「なあスペイン」
「ん?」
「…紅茶とか、淹れねえの」
「俺いっつも目分量やで?」
「別に、美味い紅茶じゃなくてもいい」


「――分かったわ、ちょお待っとき」





体感距離





かれこれ百年は修理を重ねて使い続けてきたのであろうキッチンが、そこに立つ持ち主をしっくりと受け入れる。
一杯また一杯、スプーンで茶葉をすくうスペインの後ろ姿を、テーブルからカウンター越しに眺めていた。耳は無意識に、茶葉のティーポットに落ちる回数を数える。かすかな音を拾いながら束の間の無心を味わう。
テレビの声も時計の針の音もない昼下がりのダイニングで、しゃらんと鳴るその音がさながら静けさそのものだった。『時間が解決してくれる』という文句はなるほど、確かに間違ってはいないのだろう。少なくとも、実際こんな風に穏やかに――いい意味では穏やかに、二人きりで過ごせるなら。


真向かいでは、先程までスペインの座っていた椅子が主を送り出した格好で固まっている。椅子の上にテーブルの上に、好き放題散らばったバラの造花の一つを手に取れば、布製の葉が乾いた感触を伝えた。
くるくると角度を変えながら鑑賞しているうちに、ふと、意外なほど丁寧に作り込まれた萼が目に留まった。
「・・・結構本格的なの作ってんだな」
「ああそれ、特別なやつやねん」
何の気なしの呟きに、スペインの返事は予想していたよりも機敏に返ってきた。
「いつものよりちょっと高く売るんやって。時間かかるやろから少なくてええ言われるけど、俺くらいのプロやと普通のもそいつも大してスピード変わらんさかい、めっちゃ稼げるんやで」
「ふうん・・・」
会話の続きを促すつもりで答え、しかしスペインの言葉は後に続く事なく途切れてしまった。はっと自分の失敗に気付いて、慌てて再びカウンターの向こうへ目をやった時には、スペインはすっかり一言も発しないキッチンの一パーツに戻りきっていた。
そして、ポットから湯を注ぐ機械音が聞こえる。ケトルはついに出さなかったらしい。
(馬鹿、せめて湯は沸騰させてから使えって。待ってやるから)
たとえ小言でもそう言えたら会話を繋ぐ事ができたのだろうが、相手がアメリカやフランスだったらすぐに口に出せるのに、ほんの一瞬及び腰になった隙にタイミングは遠くへ逃げていった。喉まで出かかっていた言葉も下へ下へ引っ込んで、やがて沈黙。スペインは相変わらず、今度は茶菓子を探して棚をかき回している。

やはり、発展の糸口は掴める気がしない。

何やら理不尽な煩わしささえ浮かんできて、俺は聞こえないように小さく浅く溜め息をついた。
もうお前なんか、いっそそのままキッチンに巻き込まれて無機物になってしまえばいい。少しでも近付いたかと思った距離は、まだ、こんなにも遠い。




その距離こそ、あまりに多くの事を時間の流れるに任せてやり過ごしてしまった臆病心と怠惰の代償に違いなかった。
いつの間にか中身のない真似事にすり替わっていると分かっていながら嫌い合う素振りばかりを繰り返して、一体数百年のうちにどれだけの大切な物を取り逃がしてきたのだろう。血の雨の下ではないどこかで、この男について知る機会の数々を。
側にいればいつかは埋め合わせられると柄にもなく楽観的に言い聞かせて、スペインの家をただ訪れるために訪れるのは、一ヶ月ほど前に付き合いが始まってから今日で四度目になる。けれど例えば今日だって、彼はこうもドライな人間だったろうかと薄ら寒い不安を抱いたところで、未だひどく無知な俺は答えらしい答えを自力で見つけ出す事もできずにいる。
条件ならスペインも似たり寄ったりなはずで、同じように求めてほしいと思ってしまうのは単なる我が侭なのだろうか。世間一般の恋人同士のような睦まじい関係まで望んだりはしない、かといって一度"両思い"とはっきりすれば満たされるたぐいの感情でもない。その間を、ずっと一人きりで漂わなければならないのか。
散乱した赤が今更のようにぴりぴりと目を刺激して、うるさい。




準備が整ったのを告げ、スペインが盆を運んで歩いてきた。俺は立ち上がってテーブルの上の花を脇によけた。数本テーブルから落ちるのが視界の端に映ったが、造花相手なら生花ほどの罪悪感はない。
二人分のティーカップと角砂糖、ミルク、レモンに茶菓子を空いたスペースに移しながら、不意にスペインがぽつりと呟いた。
「――外、ええ天気やな」
その言葉に、何とも曖昧な返事しかできなかった。外の天気は本当に申し分ないのだが、天気の話を持ち出したくなる心境は文字通り万国共通なのかも知れないと思うといよいよ居たたまれなくなった。
いい加減、ここを離れなければ。紅茶は失礼にならない程度に手早く喉に流し込んで、それからここを出て少し、怖いけれど頭を冷やそう。そこまで考えてカップに手を伸ばした時、おもむろに名前を呼ばれた。顔を上げるとスペインが身を乗り出していて、その体勢のくせに何やら複雑そうな面持ちで「あんな、」とか「あー、」と歯切れの悪い台詞を次々しぼり出すものだからとっくに帰りたい俺は耐えかねて催促した。
「さっさと言えよ気持ち悪ぃな」
ペシミズムに支配された自分の声色は投げやりで。対するスペインは目をぱちくりさせて、一瞬苦笑いのような表情をした後、再び口を開いた。




「ええ天気やし、たまにはキスでもしよか」


作品名:体感距離 作家名:二束三文