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燐光に甘んずる

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燐光に甘んずる





空であるはずのゴブレットの中を見て眉をしかめ、部屋を後にしようとしていたルーピンを背後から呼ぶ――一連の行動は彼の想定範囲内だ。恐らく。石の床に当たり遠ざかる靴底の音が、わざとらしい程に緩慢であった。
「何だい、セブルス?」
彼は扉の手前で足を止めて愉しげな声で振り返る。
「何だと問いたいのは私の方だが」
そう言って、私は杯の中身を杖で掬い上げた。ルーピンが返しに来たそれには、飲み干した脱狼薬の代わりに紅茶の葉が半分あたりまで入っていた。
「毒を盛る手口にしては、随分と稚拙だな」
「そうだろうね。しかもよりによって、疑り深い魔法薬学の教授を相手に研究室でとは」
ルーピンは肩を竦め、小さく笑んで続けた。
「いや、日頃のちょっとしたお礼にと思ってね。君の好みは分からないが、アッサムならそう外れはしないだろう? ちなみに、これだけ設備が揃っていれば、毒なんか入っていない事はすぐ分かるはずだ」
第一君を殺してしまっては私も身を守る術を失う、と付け加える。
私は、不躾だと自分でも分かる視線で、彼がそう流暢に話す様を観察していた。ルーピンは変わらない。窓が無いために朝なのか夜なのかすら判断しがたいこの地下室で、彼はホグワーツへやってきた三ヶ月前であっても、同じような受け答えをしていただろう。
ブラックとの関係についてきつく問い詰めたハロウィンの夜、その翌朝も、ルーピンの態度はまさに以前の複製だった。つまり今の彼と変わらなかったのだ。息をするかのような素っ気なさでいかにも親しげな行動をとる彼と。
「そもそも、礼とは言うが感謝などしていたらきりが無いぞ。来月にはまた同じ事の繰り返しだ」
いたずらに距離を縮めてはこない代わりに、避けようともしない。その裏にはヒトらしい自律があるとも取れようが、私はむしろ大層投げやりな事だと冷めた目を向けずにはいられない。
「私はこれでもまめな方なんだよ。それに、」
ルーピンはすでに扉に手を掛けていた。こんな時でも暖炉を使わず、底冷えする深夜の城内をわざわざ歩いて帰るのがこの男の癖だ。
「来月の今頃、正体が知られていないとも限らない」
そして、私が返答を探している隙にルーピンは扉の向こうへ消えた。



十二年の間は職も住居も転々としていたらしいと、校長から聞かされなくともいずれは察する事が出来たように思う。
陽光にどこまでもそぐわない北風の吹きつける午後、薄暗い廊下の角を曲がって回廊に出ると、ふと前方にルーピンの姿を見つける。何やら質問をしている生徒のすぐ隣に立って、ノートを覗き込みながら笑顔で答えている。
本当の意味で彼の傍にいられる人間はかつて失われ、その後現在に至るまで一人として現れはしなかったのだろう。探す事をいつしか諦めてしまったから、生暖かい優しさ以外の何かを誰に曝そうともしないのだろう。
あれ程の敵意を彼へ示している者にさえも。昨夜の研究室での出来事を思い出す。
頭を下げて走り去っていく生徒を見送り、ルーピンがこちらへ向き直った時、そこにはただ僅かに疲れたような無表情だけがあった。そして目を上げ、私を見留める。私は構わずに歩を進める。
「どうも、スネイプ教授」
軽く会釈するルーピンの横を、また二人の生徒が陰を落としながら駆けていった。
「今日も冷えるね」
これまで見てきた数多の表情が、その笑顔の上にそっくり重なる。やはり、人と接する事にかけてはどこまでも投げやりな男だ。
そう考えて酷く不愉快になり、私はすれ違いざま最大の軽蔑を込めて彼を睨みつけた。



作品名:燐光に甘んずる 作家名:二束三文