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ある夕ぐれの話

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ある日の夕ぐれ、男が町を歩いていました。その日はしとしとと雨が降っていたので、傘をさし、背中を少し丸めながら。

男はふと顔を上げました。いきなり前のほうで何かがたおれる音が聞こえたのです。それもそのはず、通りのすみには一匹ののら犬がいて、ちょうどゴミバケツの中身をあたり一面にぶちまけたところでした。
男がゆっくり近づいていくと、犬はすぐそれに気づいて、けものの瞳で男を見上げました。
「道が汚れてしまうだろう」
男は声をかけました。通りにはほかに誰もいなかったので、犬に話しかける男をおかしな目で見る人もありませんでした。
それに、もし誰かが男を見つけても、きっと友達のいないかわいそうな人なのだ、だから犬なんかを相手にしているのだと思ったに違いありません。男は枯れ木のようにやせて、みすぼらしい身なりをしていました。

犬はしっぽを揺らしながら、なおも男をじいっと見つめています。その犬の腹にあばら骨が浮かんでいるのに目をやって、男はため息をつくと、
「びしょぬれだ。家に来るかい? ミルクくらいなら出してやれるよ」
やさしくそう言って、自分のももをぽんぽんと叩きました。
男のうしろを、やがて犬はゆっくりとついていきました。男はいつもよりのんびり歩いて、ときどき振りかえっては「おいで」と犬を呼びました。
そうして、みすぼらしい男とやせた犬は、雨で青白くけぶる通りを歩いてゆきました。


男の家は、たおれたゴミバケツから三すじほど向こうの所にありました。
男は家に着くと、ドアを開けて犬を中へ入れました。犬がぶるぶるっと体を振るわせて雨水を飛びちらかしているそばで、男はかんぬきをかけ、そして

「もういいよ、シリウス」

驚いたことに、犬には名前がありました。そのうえ、男は犬の名前を知っていました。
もっと驚いたことには、さっきまで犬がいた場所に、一人の男が二本の足で立っているのです。あの犬の毛なみと同じように真っ黒で長い髪の毛から、ぽたぽたとしずくをたらして。
「こりゃあひどいな」
黒い髪の男は顔をしかめて、また頭を振りました。
「せっかく人間に戻ったのに、仕草が犬のようだね」
「お前が傘に入れてくれないからだろう…」
「本物の野良犬が、見ず知らずの人間にあっさりついて歩いたりするかい? それを言うなら君も、ゴミ箱を倒して注意を引くのはやり過ぎだ。きっと今頃、あそこは雨で散々な有様だよ」
「……」
ばつが悪そうにだまった男は、頭をがしがしとかいて、
「とにかく助かった。ここに来るのに、姿現しも煙突飛行も遮断してあると聞いた時はどうしようかと思ったが」
「姿現しまで出来なくしたのは連絡があった後だよ。より安全に君を匿えるようにしたかったんだが、結局危ない橋を渡らせてしまった。すまなかったね」
「気にするなよ。俺の提案だ」
さいしょの男は少しほほえみましたが、またすぐ眉をよせて、黒い髪の男のみぞおちあたりに目を落としました。服をすかして、その下のあばら骨が見えているかのようでした。
「…ひどい痩せようだ」
「そうかもな」
「いま熱いミルクを出すよ。タオルも。それからヴォルデモートの話を聞かせてくれ」
「分かった。――リーマス」
キッチンに行こうとしていたさいしょの男を、黒い髪の男は呼びました(もちろん、さいしょの男にもちゃんとした名前があったのです)。
「うん?」
「言いそびれた。お前が無事でよかった」
そう言われた男は、こんどこそにこりと笑いました。
「ああ、君もね。また無事に会えて嬉しいよ」


それからのち、かれらが夜どおし話しあったある恐ろしい魔法使いのことは、このお話のなかではまったく肝心なことではないし、口に出すのにふさわしくありません。
これは、長い長い時間のあいだに多くのものをなくしながら生きてきた二人の男が、今ではおたがいたった一人になってしまった親友とかわした、ろうそくのように小さく、あやうく、あたたかいひと時のお話なのです。





ある夕ぐれの話




作品名:ある夕ぐれの話 作家名:二束三文