前方への逃走
おかしい。こんな筈ではなかった。己の選んだ道ではなかったのか? 社会主義の栄光は、一体何処へ?
そもそも、自分は何から逃げているのか。新大陸の生意気な小僧か、己が盟主か(ひょっとするとその妹かもしれない!)、それとも…………弟? こんな筈ではなかった。逃げなければ、前方への躍進、嗚呼、そうでなければ、自分は、自分は奪い尽くされてしまう! だから、一体何に!?
「オスト様!」
ぎゅう、と心の臓が飛び跳ねるような感覚に、オストは目を見開いた。クズが、顔を覗きこんでいる。
「珍しいな、あンたがこんな時間まで寝てるなんて」
「……少し、夢見が悪かっただけだ」
顔を顰め応えた。心臓は夢の余韻を引き摺って、だくだくといまだ落ち着かなく撥ねている。
「なんか、こんな筈じゃなかったとか思いながら、何かから逃げてるんだけど、何から逃げてるのかはわかんねえんだ」
聞かせるでもなくぽつりと呟くと、クズは唇を歪めるようにして意地悪く笑んだ。
「ハッ、なんだそれ。まんま再統一の頃の俺様じゃねえか」
「再統一? お前の世界のヴェストと一緒に暮らせるようになったんだろ? 一体何から逃げるって言うん……」
「良いの!」
訝しむオストの言葉を遮って、クズはオストの額に唇を落とした。
「あンたの――俺たちの未来には、『それ』はやって来ないんだから、あンたはそんな詰まんねえ夢のことなんて、気にしなくて良いんだ!」
クズの言う「それ」が一体何なのか掴みかね、オストは眉根を寄せたが、
「そんなことより、ちびどもに何か作ってやってくれよ。アイツらさっきから腹減ったって五月蝿くてさ」
なんとなく、追求する気にはなれず、素直に丸め込まれてやることにした。
「なんだよ。お前だって簡単な物なら作れるんだろ、朝食くらい食わせてやれよ」
「湯豆腐作ってやったのにアイツら食いやがらねえもん」
「あー……、着替えたらすぐ下行くから、ちびたちにホットケーキ作ってやるって言っとけ」
「俺様には? 俺様には?」
上目遣いに首を傾げるクズに、お前はトーフでも食ってろ、と言って、オストは口角を持ち上げた。