夢の端、陽だまりにて
木を揺らした風が、冬に向かう季節の中で珍しく温まった庭を少し冷やしていく。陽だまりに戻った空間で意識がぼんやりとした。俺が所構わず眠りにつくのを、ここでは誰も咎めない。このベンチは、俺の居場所としてわりと知られている。
ばたばたとあわただしい足音がする。ああ、創立祭だったっけ? どうでもいいや。
眠いなあ。 また俺は無意識のうちに逃げてるの。考えたくない。考えたくない。眠い。寝ていい? この日差しは俺を誘ってるの? この暖かく透明な空気に包まれて、夢の中へ歩いていってもいいの。どこへ?
――俺は誰?
……僕はなにをしてた?
知らないよ!
しらない……
あったかいところのほうへ、ぼくはいきたい。
「はるは、ろびんふっどになるんだよ!」「しゅやく!」「ゆみやがつよいの!」「みんなのリーダーで、だれとでもなかがよくてかっこいいんだよ!」
あれ、はるもだれかと、なかなおりしなきゃいけないんだよね
ぶきようでなんにもできないのになんでもかんぺきで、僕のしらない僕のことをしんじてるともだち。
――刹那、聞きなれた声が、鋭さを持って上から空間を切り裂いた。
『君は、これまでもこれからも僕に無関係の人間だった』
『君は冷たくて、ひどい人間だ』
……。それは昨日のこと。俺は一人の人間に絶縁を言い渡された。
自分に問いかける。「その命の恩人は俺じゃないよ」、と言いながら、俺は茅を疎んじてたかな。初対面で唐突に語られた常識はずれの「俺と茅との関係」を理由にして、遠ざかりたかった? 茅が俺と再び合えた瞬間の彼の喜びを無にしていい権利が、俺にある? 「『茅のために』甘やかしちゃいけない」とかいって、突き放していたんじゃないの? 俺の言葉を何でも素直に聞く茅との関係は、戸惑いもあったけど心地いいものだったんじゃなかったの? そう、ともの身代わりなんて、茅に失礼だったのに。
そうだな、仲直りが、したいな……。俺がしたい。むかつくけど、むかつくほどの仲だから、俺を、認めてもらいたい。一つ屋根の下でどうしても顔をあわせる人間だからというだけではなく。勇者じゃなくてもいいから。冷たい人間だと、気の付かない人間だと思われたくないから。
落ち着いたら、茅のところに行こう。また突っぱねられるけど、俺が気分が悪いから。ちょっとの糸口でも探そう。あと少し、あと少しだけ寝たら。誰も起こしに来なくても瞼を開けるんだ。
ゆっくりと時間をかけて、秋のやわらかな光に目を慣らした。
夢の中の無邪気な俺の自意識に背中を押された気がして、まだ覚醒しきってない頭を振る。そのとき、廊下から見える庭に――肩幅の広い背中と、その隣に茶色の髪束が揺れるのが見えた。
にこやかな笑顔と、慣れないやり取りに戸惑いながらも受け答えする姿が頭に浮かんだ。あまりに完成されたその空間に、俺の居場所はない。
「とぷん」、と、再び意識がまどろみの中に沈んだ。
視線はそこから離すことができないまま、「待って」とも言えないまま、二人の姿が遠ざかっていく。俺は、自分の中に閉じ込められて。
そこは、その広くて小さい背中の隣は、ボクノ「ブタイ」ダッタンジャナイノ?
俺のなりたかった英雄に瞠はなった。瞠のなりたかった形だったのかはわからないけど。
もしも俺が弓矢を持っていたら、茅に救いの手を差し出していたよ。だけどどんな方法でできたというの。瞠が茅を救った頃の俺は、どうしようもないほど無力な子供だったのに。
ブラウン管に映った俺の笑顔を、英雄がいなければ生きていられなかったほどの過去を持つ茅は観たことがない。過去に知名度があったって、今の俺には何の役にも立たないよ。ああ、何も知らない子供なのに、目立っちゃったことが俺の罪なのかな、とも。報いって、どれくらいあるものなのかな。誰にも打ち明けたくなかったはずの、茅から飛び出してしまったパンドラボックスの中身が俺の心の中で蠢く。
俺の弓は、いつだって遅すぎて、届かない。
俺は俺にかかわる人を、友達を、不幸にしたいなんて思わないのに。
身体を動かすことはできないのに、瞳からしずくがこぼれていった。
今、この空間から離れていけるのは、少しの体温を持ったわずかな涙だけ。
俺は、ふわふわとした夢の中の誰かの物語の端っこで、誰かの世界の真ん中にいける橋をずっと探してる。
作品名:夢の端、陽だまりにて 作家名:さかな