嘘
そう言って部屋に飛び込んで来たのは真行寺兼満。
お前には他人の部屋に入るときノックするという常識はないのか、と思うがそれをわざわざ指摘するのは面倒だ。
それに―
「葉山なら居ないぞ。そんなに葉山に会いたいなら崎のゼロ番にでも行ってきたらどうだ?」
「え?いや…俺が会いたかったのはアラタさんっすよ」
そんなのは分かってる。
真行寺にとっては見知った先輩に挨拶するのは当たり前のことで、入室の挨拶の中に葉山の名前が入ることなんて当たり前なはずなのに…
分かっても心の中の不快感は消えることがなかった。
「アラタさん…どうかしましたか?」
ずっと黙ったままの俺に真行寺が不安げな声をかける。
その目には俺、 何かしちゃったかなと書かれている。
「別に。で、何の用?」
自分の狭量さが嫌になりそっけない言い方になってしまう。
「や、その…」
すっかり気圧された真行寺は口を開いては閉じてを繰り返している。
あぁ可哀想なことしたな
完全な俺の八つ当たりなのに
そんな気持ちが俺を少しだけ素直にさせた。
「ちょっとイライラしてたんだ。当たるようなことして悪かったな。用事はなんだったんだ?」
改めて聞いてやると真行寺はほっとしたような笑みを浮かべ言った。
「特に用事はないっす。アラタさんに会いたくなっただけ。でも来て良かった。アラタさんに会えたし、それに俺に当たることでアラタさんのイライラが解消されるならいくらでも当たってよ」
きみは何て優しいんだろうね、真行寺。
俺はこんなに身勝手なのにそんな俺を気づかって…
いつからこんなにきみを大きく感じるようになったんだろう。
「アラタさん?」
また黙ってしまった俺に今度は心配そうな声をかける。
「何かあったんですか?」
「別に…何もないよ」
「ホントに?」
「あぁ」
「嘘付きだなぁ…アラタさん」
ふわりと真行寺に抱き締められる。
「俺じゃ頼りないかも知れないけど、こういうときちゃんと話して欲しいのに…俺はアラタさんの力になりたいんだ」
「本当に些細なことだから、気にするな。」
それに、イライラしていた気持ちなんてもうどこかに消えてしまったし。
とは、真行寺には言ってやらないが―。
「それなら、いいけど」
そう言って真行寺は俺を抱きしめる力を少し強める。
「アラタさん、大好きだよ」
あぁこのタイミングはもしかして、気付かれたかな。
いつから俺はこんなに嘘をつくのが下手になったんだろう
そしてきみは、いつからこんなに俺の気持ちを上手く読みとれるようになったんだろう。
「真行寺・・・・」
俺も好きだよ、とはまだ続けられないけど・・・
いつか、もっと嘘をつくのが下手になったら・・・
真行寺、きみが好きだよ
そう伝えてしまう日も
そう遠くない気がした。