give a reason
「総悟です。お金なら貸しやせんぜ」
「貸してなんて言わないよー。俺にもそれちょうだい?」
「………」
駄菓子屋でばったり逢った俺たち。
暑さに耐えられずアイスを食っていた俺の隣に
同じように暑い暑いという顔をした旦那がやってきた。
じーっと注がれる視線が痛くて、しょうがねェから奢ってやった。
「アイスを買う金もねーんですかィ」
「たまたま持ち合わせがなかっただけだよ」
色々とつっこみたくなる返答だったがいちいち訊ねるのも億劫で、
俺は黙ったままガシガシとソーダ味のアイスをかじった。
すると旦那はふいに手を伸ばして、
「おまえ、夏でもそんな顔なのな」
「!?」
と言いながら俺の前髪を引っ張った。
「そんなってどんな? っていうかこの手はなんですか」
「んー……さらさらで羨ましいなと思って」
「はぁ……」
「汗でべとつくとかないのな」
何が面白いのか、旦那はそう言って笑いながら俺の髪をもてあそぶ。
「涼しそうな顔しちゃって」
「俺だって普通に暑いですよ」
「え、そうなの?」
「旦那は俺をロボットか何かだと思ってるんですかィ?」
呆れたような口調で言ったら旦那は手を離して俺を見つめる。
「……いや、人間だね」
君もね、と言って微笑む。
「でも、暑いも痛いも言わないからさ。
ときどきわかんなくなっちゃうんだよね」
「なにが?」
「君の目に俺はどう映ってるのか」
「え……」
好きも嫌いも伝えずにきたこの関係。
惹かれてしまうのはその甘い微笑みとか、巧みな言葉遣いだとか。
言いたいことはたくさんあるが言わなくてもいいと思っていた。
そんなものを求めてこの人の手を取ったわけじゃない。
どうしようもなく焦がれるのだ。
心が勝手に、この人の罠に嵌まってしまうのだ。
「わたがしみたい」
「え?」
「ふわふわ甘くて食べたらすぐ溶けちまう……。
だからまた食いたくなる」
与えられたと思っても一瞬のうちに消えちまうから自信がなくなる。
「遠いです」
あんたは届かないところに居る。
俺を其処へ行かせようとしない。
でも俺は見たいと思ってる。
「あんたが見ている景色を、俺も見てみたいです」
どう映ってる?
そんなの簡単。
「すごく……遠い」
触れ合ったって口吻けたってあんたは俺のもんにならねェ。
誰にもその扉を開けさせない。
わかってるんだ。
それでも望んだ俺が馬鹿だってこと。
「付き合わせちまってすいやせん」
不安に巻き込んだのは俺の方。
あんたにその気がないことは百も承知。
だからこの痛みを恨んだりしねェ。
ただ、無理やり笑わせてる今がつらいだけ。
「……すいやせん」
ぽた…ぽた…と甘い水分が落ちる。
溶けて地面に吸い込まれてく。
それはまるで、あんたに届かず堕ちてった俺の様。
「けど選んだのは俺だぜ」
救ってくれちゃうんですね。
それでもあんたは、俺を見捨てないんですね。
「君の隣に居たいなって思った。それは俺の意思。
おまえは何も関係ねーよ。だから……ね」
首をちょっと傾けて笑う。
あんたのくせが好きだ。
「俺を理由にしていいよ」
「旦那……」
「それで君が笑えるってなら嬉しいし」
「…っ……」
この暑さで頭が溶けちまったんですかィ?
とか言って誤魔化したかった。
でも無理だった。
「沖田くーん」
「………」
甘ったるい声が俺を呼ぶ。
導かれて、ゆっくり頭をもたげたら優しいあんたがそこに居た。
「食べないんならもらっちゃうよ?」
「……だめ」
泣きたくなった心を潰して手に持った棒を口に入れる。
「こいつァ俺のもんです」
シャリっと砕ける。
涙味の氷を呑みこんであんたに微笑む。
「旦那も、俺のもんです」
「そうこなくっちゃ」
にこり。
笑って頭を撫でる。
蝉が鳴く夏の日。
俺はまたひとつ、大切なものを貰った。
作品名:give a reason 作家名:kei