果てに始まりを思う
空を舞うカモメを模った赤色のケチャップは、ビー玉をはじけさせたような子供たちの喧騒と一緒になってぴかぴか輝いた。
ふざけ合い騒ぎ合いながら、たっぷり食事をぱくつき、飲み物に浮かぶ氷をカラコロ揺らしてしゃべり合い、何十人という生徒たち、女子部員、そして男子部員が楽しそうに笑っている。
この洋食屋は店主が女性であることに似つかわしいような丸みのランプシェードが蜜蝋色の光で場を灯している。料理の彩りも、エネルギーと若さのさざめきも、鮮やかだけれど柔らかに網膜を撫で去る。
こんなに騒がしいというのに、心の中にある柔らかい部分を触れていくような光景だと思った。
教師になって良かったと、指導者になって良かったと思う瞬間が江崎祥子にはあった。
きらきらしている。
夢を持ち、夢に向かう子供を見ることは、どうしてこんなにも大人を幸福な気持ちにさせてくれるのだろう。いや誰だって瞳を輝かせる人を目の当たりにしたならきっと何らかの感情を揺り動かされるものだろうが、教員という職に就く祥子にすれば特にそれは宝物だ。自分も夢に寄り添うということ。それがこんなにも、まるで幸福な贈り物だ。
主役である子供たちから距離を少し置き祥子はふっと生徒たちの姿を見やった。
祥子は女子新体操部の顧問だ。女子部はこの先さらなる大きな大会へ駒を進める権利を勝ち取って、あくまで今は試合を終えて緊張からの解放と掴み得た結果が少女たちをはじけさせているひと時の通過点だ。だから、ボールが弾むようにフープが転がるようにロープが波打つようにリボンが舞うようにはしゃぐ少女たちよりも、より煌いて見えるのは男子部員の存在だった。道程を突き進んで今一つの終着点にいる少年たち。
そうして彼らは今、みんな笑っている。祥子はそれを許せないことと思わなかった。もしかして自分自身が現役選手時代だったなら感じ得なかったかもしれない思いを抱きとめる。少年たちの顔はどこまでも晴れやかだった。それは全力を尽くした者にしか訪れることはない澄み切った光であり、全員がその光を確実に宿していて、祥子はそれを嬉しく思う。
その顔に、その心に、残光をいつまでも刻み付けていてほしいと願う。どうかこれからも忘れないで。大人として教師としての感情だった。この少年たちを見続けてきた者としての感情。ふと、この少年たちの月日とその挑戦を誰よりも見続けたのは、そういえば私なのだな、と思った。
2年半前、自分の元にやってきた男子のことを祥子は記憶に留めている。現在のその彼は収拾ないこの店内どこにいたろうかと、もっとも騒がしく輪の中心地にいる赤髪の生徒の隣だったろうかと目を転じたが、はたしてそこより少し外れたところで竹中悠太は一人つっ立っていた。つっ立っていた、という言い方があえて適うような立ち姿だった。竹中は賑わいの主役たる子供たちの中でも要員人物の一人であるにも関わらず、紙コップを手中に収めた物静な様子で、この喧騒にただ目を向けていた。
なんだかまるで自分と同じ目をしているのではなかろうかと祥子は思った。自分は俯瞰者だが彼は主役だ。だというのにふんわりとした目線を漂わせている少年を、祥子はなんだかおかしいような気もするし、その心中が判るような気もした。手に取るように判る気がした。
横顔の中に当時の面影はどこだろうかとふと探して祥子の気持ちがあの日に馳せた。2年半前、春の季節、自分の元にやってきた竹中のことを祥子は記憶に留めている。まず鮮明に思い出されたのは竹中の持つまなざしだった。あの日のまなざしは、現在目の前に映る竹中の横顔に見て取れるまなざしと重なった。あの日と違うもの、そして違わないもの一緒になって。
なんてきらきらしている。
と思ったのは、あの日の竹中のまなざしと今の竹中のまなざし両方共だ。
まだ真新しい学生服に着られているのか着ているのかどこから見ても新入生でございの雰囲気を身に纏いながらたった一人で祥子の前に立った少年。持っているものといえば瞳の輝きだけしかないような、今でも幼さを残す姿よりもっと幼い日の竹中はそんな少年だった。あの日の少年は、あれから色んな人間に囲まれ、色んなものを引き連れて、今日という日を見詰めるまなざしを輝かせていた。
prologue
to be continued