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【腐向けAPH】ドキュメント5【中日】

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中日
声が出なくなる菊
人名使用















前振りも何もなく、声は出なくなった。
どうしようもなく、心が寂しくなった。
ただがむしゃらに、当てもなく歩いた。
拭っても拭っても、涙はつ、と流れた。

 「耀さん」そう発声しようと思った喉はただただ掠れた吐息を漏らすだけであり、ほとほとと零れ落ちる涙がこぼれる音ばかりがその場を支配した。どうして、どうしてお名前を呼ぶとさえも叶わないのでしょうか。心は止め処なく言葉を発し続けるのに、音になって相手に伝わることは無い。それは、今まで伝えることを怠ってきた代償なのでしょうか。突然の私の来訪に驚いた彼は呆然としたままなだれ込んで来た菊をその細い腕で捕まえた。
「どうした、あるか」
(こえがでないんです)
 嗚咽でさえも絞りで無い自分の喉を押さえながらも必死に声を発そうとする。音を放つ器官がなくなってしまったかのようにどこも震えない。私にはこの降り続く雨の音も、とんとんと窓を叩く雨粒の音もすべてすべて聞こえるのに、どうして、簡単な目の前の人の名前さえも呼べないのでしょうか。壊れたように零れ続ける涙は、耀さんの服にじわり、と染み込んでその色を濃くしている。
「…きく?」
 はい、と答えたつもりだった。動いたのは唇だけで声はやはり出ない。しかしそれでも彼は理解をしたようである。ふぁり、笑って、菊の雨に濡れた体を抱きしめた。声が出ない、その事実にパニック状態に陥って雨が降っているのにもかかわらず、着の身着のままゆらゆらと歩いてきた雨を存分に吸い込んだ衣服にも関わらず、何の躊躇いも無かった。
「そういうときも、あるよろし」
 菊が頬に触れる指に気が付いて顔を上げると、困ったように、はにかんだ耀さんの顔が両方の瞳に映った。金色の瞳がきらりと光っている。長い指はつ、涙を拭う。それだけなのに、今まで嘘のように止まらなかった涙がぴたりと止まったのである。まるで魔法を使ったかのようである。昔から、そうだった。思い出して、菊は唇を開いた。相も変わらず望んでいた声は出なかった。
(やお、さん)
「泣きたいときは泣いてもいいある。苦しいときも泣いてもいいある。でも、涙は止めなきゃだめある」
(すきです)
 この声は届かなかっただろうか。菊の開いた唇にぴたりと指を当てて「黙るように、」と、耀はジェスチャーをした。菊の声は聞こえないのだから、黙っていても黙っていなくても、何も無いのと同じなのに、だから声が出ないときぐらい。本当のことを言わせてほしいとも、思ってしまったのだ。
(わたしはとてもわがままです)
「菊の声で、我はそれを聞きたいある。言っていることは我には分かるけれど、そんな分かり方は嫌あるよ。菊、長い時間の中では辛いことも苦しいこともある。けれども、声を出すことを諦めちゃだめある。泣きたいときは我が受け止めてやるから、来るよろし」
(きっと、あなたにいままでいわなかったから)
「じゃあ、言えるようになったら全部我に言ってくれるあるか?今日の言葉」
 え?と声にならない吐息を発して菊は首を傾げる。耀は今までの菊の言葉が分かっていたのだろうか。世の中には読唇術が存在することを思い出す。菊よりもずっと長い時間を生きてきた彼にそれが出来ても別に変ではない。一気に恥ずかしくなる。顔に熱が集まり始めた菊を耀はぎゅう、腕の中に収めてしまう。
「声が出なくても菊は我の可愛い菊あるよ」
 声は、いづれか元に戻るだろう。そうしたらそうしたら、一番初めに耀さんのところ言って、今度は私自身の声で空気を震わせて、誰の力に頼るでもなく、言おう。きっと、そうしたら、もう言葉が出ないなんてことはきっと起きなくなるだろう。


さて、はて、私の声は今、彼に届いているのでしょうか。