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エンゲージリングと三つの鼓動

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『指輪から、鼓動が聴こえる気がするんだよ。一つだけ、友恵の鼓動が』
そう言うと、なぜかバニーちゃんに殴られた。

「あんた馬鹿ですか? 馬鹿ですよね」
仁王立ちして怒るイケメンと、そのイケメンに殴られた頬を押えてへたりこんでいるおっさん。なんとも奇妙な光景だろう。
「悪い、バニーちゃん、なんでお前がそんなに怒っているのかおじさんには全く分からないんだが!?」
「じゃあもう一回殴ってあげますよ」
「いやあああああああ」
 慌てて後ずさる俺。更に迫ってくるバニーちゃん。どうでもいいが、イケメンが怒るとすごい迫力なんだな。
 なんでこのイケメンがここまで怒っているのか。今に至るまでの経緯を思い出してみる。
 午前中の仕事が終わり、昼飯でも食いに行こうかと二人で席を立った。行きつけの飯屋までの道のり、ふとバニーちゃんが「指輪つけているんですね」と呟いた。それに対して俺が冒頭のように答えた。そしたら、殴られた。
 ……さっぱりわからん。
 鼓動が聴こえるというのは本当のことだ。指輪に手を当てると、冷たいはずのプラチナが暖かい体温を持ち、トクントクンと脈を打つ。勿論、本当に脈打っているはずはないし、熱を持つのだって体温が移っているだけだろう。それでも俺はこの鼓動が友恵ちゃんの、愛する妻のものだと信じている。
「……で一つなんですか」
 バニーちゃんが口を開いた。怒りを抑えるかのように、声は震えている。
「は?」
「なんで一つなんですか!?」
「はあ?」
 ようやく口を開いたと思ったらこれだ。イケメンの考えることは分からない。
「バニーちゃん、おじさんにも分かるように言ってくれないかなぁ」
 頭を掻きながらバニーちゃんを見上げる。見ればバニーちゃんは怒りのあまり小刻みに震えている。
「ですから、なんで聴こえる鼓動が一つなんですかって聞いているんです! 一つしか聴こえないんなら、おじさんの鼓動はどこに行ったんです」
「はあ」
 思わず出たのは、間抜けな相槌。
 要するにこの目の前で目をうるうるさせるほどに怒っているイケメンは、指輪から聴こえる鼓動が一つだけだったらおかしいじゃないかと。そういった事に怒っているわけか。
「いやバニーちゃん、俺は指輪から聴こえる鼓動が一つとは言ったけど、それはあくまでも指輪からはっていうことを強調させるために言ったのであって」
「奥さんが、寂しいじゃないですか。愛する人の鼓動が聴こえないなんて」
 ああ、そういうことか。
 うつむくバニーちゃん。
「おじさんはいいですけどね、奥さんの鼓動が聴こえているんですから」
 どうやらバニーちゃんは、友恵ちゃんのことを考えていてくれたらしい。
 このクールなイケメンが数か月前までなら一笑に付していたような非現実的なことをあっさり信じ、その上友恵の気持ちにまで心を配ってくれていたとは。
 
「なあ、バニーちゃん」
「……なんですか」
「だったら、こうすればいいと思うんだ」
 左手を、胸の位置まで上げる。それから、左胸――丁度、俺の心臓のあたりに持ってくる。そのまま手の甲で軽く胸を叩く。トンという音がした。
「ほら、こうすれば友恵も俺の鼓動を感じられるだろう?」
「……」

 指輪は心臓の上に。
そうすればほら、聴こえてくる。
二つの鼓動。

 それを見て、バニーちゃんは微かに笑った。
「おじさんにしては、珍しくいいアイデアですね」
「なにおう?」
 そんなかわいげないことを言うから、つい俺の悪戯心が疼く。
「いいアイデアついでに、もう一つ」
「なんですか、ってうわ!」
「こうすれば、もっと寂しくないだろ?」
 肩をつかみ、ぐっと引き寄せる。そしてそのまま、俺の腕の中に。
 丁度、俺の心臓と指輪とバニーちゃんの心臓が重なるように。
「ほら、鼓動が一個増えた」
「ちょ、離してくださいよ!」
「やーだね」
 普段の状態なら確実に逃げられていただろうが、今回は不意を突いたため不安定な体勢。下手に暴れると二人とも地面にぶつかることが分かっているからか、抵抗は少ない。
「いい加減にしてください!」
 そう思っていたら、全力で殴られた。
 俺は地面に倒れる。バニーちゃんはさっさと踵を返して、肩を怒らせながら早足で去って行ってしまう。
「いってー。加減しろよ……」
 体を起こし、本日二度目に殴られた頬をさする。
「うわ、熱持ってんじゃねえか。今度お仕置きしてやらないとな……」
 ふと気が付いた。殴られた頬以外に熱を持っている部分を。
「あれ……?」
 心臓が、熱い。というか、鼓動が心なしか早いような。

 この感覚には覚えがあった。ずっと昔、初めて友恵を抱きしめた時。
 嬉しいけれど、切なくて。切ないけれど、嬉しくて。

「ははは、そんな馬鹿な」
 俺は軽く笑って立ち上がる。
 早くウサギちゃんを追いかけないと、一人で飯を食べさせることになってしまう。
「ウサギは寂しいと死んじゃうらしいからなぁ」
 もうかなり小さくなった背中に向かって、走り出す。
「おーいバニーちゃん待って―」




 彼に追いついた時、少し早いこの鼓動の理由をつけるために。