病人と恋人
新型が流行しているというのに対策もなしに出ていくからだ、その上どうせロクに物も食わずに余計治りを遅くしているのだろう云々。
デュオが言い返せないのをいいことに、見舞いだか説教だか、普段の寡黙が嘘のように散々詰り倒したあと、ヒイロはそう平然とキスをねだった。
できるものなら言い返したかった。ちゃんと食ってるし(ゼリー飲料だけど)、だいたい新型じゃなくてただの風邪だ(同じことだと言われそうだが)、うつせば治る? んなワケあるかバカ── しかし残念ながらその気力は、今のデュオにはない。なにしろまばたきひとつしただけでも、熱に沸いた頭が痛むのだ。
デュオが寝込んで、今日で三日目。
「……んな、わけ、ねえだ、ろ」
ようやくしぼり出した声はがさがさに嗄れていてひどいものだ。ちゃんと言葉として届いているのかどうか。
ヒイロがむっとして重ねた毛布を捲る。── なかにはいろうとしてる。汗で汚れた身体に触れられたくなくてデュオは身を捩った。けれど弱った身体での抵抗など、あっさりとヒイロの腕に抱き取られてしまう。
「だめだって……」
「ならそんな声を出すな」
「勝手な……っケホ、げほっ、ゴホゴホッ……!」
突然始まった激しい咳に、口許を手で覆う間もなく、せめてと必死にヒイロから顔を逸らす。息をしようとするほど気道が狭くなっていく。空気が吸えない。苦しい。咳き込む度、頭ががんがんと割れるように痛んだ。
(……はは、心配してやがる)
目の前にはいつもの無表情。けれど瞳の青の中にすこしの狼狽が見え隠れしている。長い付き合いでそのくらいはデュオにもわかるようになった。
だからこそ。
身体のコンディションは最悪だった。こんなに苦しい経験は、今まで生きてきた中であっただろうかとすら思う。ヒイロにうつして同じ思いをさせたくはない。なのに、気づけば背中を上下する掌の感触がある。
抱きしめられていた。
「ヒ……ィロ、離」
「喋るな」
背中をさする手が心地いい。離れなきゃと思うのに、疲れた身体は動いてくれない。
(あったかいなあ……)
このままでいたい、そう思ったらもう駄目だった。弱った身体は素直だ。咳き込むたびに跳ねる背は、ヒイロの手にあやされて、その胸の中で少しずつ落ち着いていった。咳の間隔が徐々に長くなっていく。
完全におさまるのを待って、唇が重なってきた。ゆったりとした穏やかなキス。かすかに触れる舌先、その温度差。
「……熱いな」
「知らないぞ……」
「うつせばいいと言っただろう」
「本気かよ……」
バッカじゃねえの、やっとそれだけ悪態をつけば、ヒイロが呆れたように溜息をついた。
「バカはおまえだ」
「……んだと?」
「さわる口実くらい」
気づけ、そう囁いた口が笑みをつくり、もう一度キスをする。今度は深く、長く。ぼやける意識の中でふれる舌先を味わって。
三日間、寂しかったのかな。
うれしげに口内を荒らし回る舌に、デュオは沸いた頭でそんなことを考える。熱、また上がってやがる。目を閉じると瞼の裏まで熱かった。