眩暈
軽々と、追撃をかわして鮮やかに、ときにからかうように視界を翻弄して、ミッションが終わればあっという間にに飛び去っていく、ひかりのかけら。
「おつかれ、刹那」
なのにそれに搭乗するのは機体のイメージにはそぐわない、どこかおっとりとした、物静かな印象の男だ。彼が機体と同じ色のパイロットスーツで降りてくるたび、刹那はすこし、混乱する。
「……? どうかした」
「……いや」
刹那のそっけない返答に気を悪くするでもなく、そう、と返して緩む目元。長い前髪の間、片方しか見えない切れ長の灰銀の瞳は鋭い。アレルヤに見つめられるとちょっと怖い、と言っていたのはクルーの誰だったか。なのにそこに笑みをのせるだけで、その容貌はがらりと印象を変える。おだやかで、やわらかくて、あたたかい── 今もそうだ。だからまたすこし、刹那は混乱する。突然のひかりに目を灼かれたときのような、軽い眩暈。
「──っ」
「刹那、ほんとにどうかした? どこか具合が」
「触れるな、っ」
強くなってしまった拒絶に、アレルヤは肩に置きかけた手をだまって引いてくれた。気を悪くした風はない。むしろ彼から感じられるのは、拒絶によってなおさら純度を増した心配だけで、刹那はいたたまれなくなる。気遣わしげな視線を避けてうつむき、足早に彼の脇をすり抜けた。
ふれて欲しくないのは本当だった。これ以上彼のそばにいればきっとまた同じ混乱に襲われるだろうと、刹那は予感よりも確実なこととして、無自覚に分かっていた。
かすかな眩暈は、宇宙から重力圏へ引っ張られるあの感触にも似ている。振り切りたくて目を瞑った。なのに閉じたまぶたによみがえるのは、空の青とオレンジの光、そして笑みをのせたあの銀灰色だ。慌ててまぶたを上げれば、また、くらり、視界が揺れる。ここは地上で、彼からももう離れているというのに。
滑空するオレンジ。
彼は、おちてゆく感覚にめまうことはないのだろうか。