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ねえ、刹那、少しだけこうしていて、いい?

 わがままは、ぼくの方だろう。可哀想だなんて、お門違いもいいところだ。刹那はもう、とっくに覚悟を決めていて、そのこともそれに伴う痛みもただ口にはしないだけで、けれど口にしないから、ぼくはその背中にいらないことを沢山、想ってしまうのだ。
 腕に囲い込んだ刹那は、おとなしくされるままになっている。
 余計なことだと言ってくれればいい。触れるな、と突き放されたなら、ぼくは微かな痛みを胸に仕舞って、ごめんと笑って、そうして離れてやれるだろう。けれど、刹那はそうしない。それが彼のおさなさ故なのか、わかりにくいやさしさなのか、ぼくにはよくわからない。── 変化、かもしれない。閉ざされていた4年という時間は、ひとに変化をもたらすには十分だ。
 ぼくは刹那と同じ場所に居て、なのにちっとも変われずにいる。
 けれど、でも、もしかしたら、だけど。無自覚のブレーキが繰り返す。これがハレルヤならば綺麗ごと、鬱陶しい、偽善と断じるであろう多くのことを、あれだけの戦いを経たあとでも、ぼくはどうしても振りきることができなくて、今もずるずると足首にひきずったままだ。ハレルヤがいなくなってしまったのは、もしかしたらその重さに耐えきれなくなったのかもしれない。彼はいつだって身軽でいたがったから。生き延びるために。── ぼくは、ひとりぽっちになってしまった。
 寂しいのかもしれない。
 こんな感情に刹那を付き合わせるのは、ほんとうに不純だ。そう思うのに、囲った腕が動かない。
「ごめん、刹那」
 呟いた途端に抱き返された。噛みつくように真摯に、彼がしがみついてくる。頬に触れる髪。背に喰い込む指。首筋にふれるくちびるは、あたたかい呼吸をぼくに伝えてくる。
 おおきく、なったね。そう思っただけで、涙がこぼれた。
作品名:スタートライン 作家名:にこ