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オレンジ

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主のいないオレンジが、たたまれたまま眠っている。

 そうか、この色を着るのか、これから。とりたてて目新しい色ではなかった。機体にも、パイロットスーツにも、同じものを見てきたのだ、これまでも。彼を識別する色。
 なのに、めまいのしそうなその明るさに、刹那は二度まばたいて、それから手を伸ばした。

 ずいぶん背も伸びたし、体格も変わったつもりだった。
 なのに、オレンジは刹那の腕を、手の甲までゆるりとのみ込む。背や胸をつつむ部分にも、たよりない空間があいていた。
 直接ふれはしない、けれど、そっと寄り添っている。まだ袖も通されていないというのに、このオレンジはアレルヤに似ていると思う。単に、刹那のからだがアレルヤよりはまだ小さい、それだけのことではあるのだけれど。
 真新しい制服の匂い。
 ふと、顔をあげると、使われていない真っ暗なディスプレイに映る自分と目が合った。黒い鏡のなか、刹那の羽織ったオレンジが光るように際立っている。
 ……似合わない、と、思った。
 慣れないのもあるだろう。こんなに明るい色の服を、これまで刹那は身につけたことがなかった。兵士であった頃は言うに及ばず、ソレスタルビーイングに所属してからも私服はモノトーンが多く、時折えらぶ赤いターバンでさえ、自身の瞳のような暗い、暗い、赤だった。傷口にこびりつく、かわいた血とおなじ色。
 だから戸惑う。突然視界を射る、熱い色彩に。こんな色を、アレルヤはまとえるのだろうか。刹那の知る限り、アレルヤもあまり明るい、強い色合いのものを身につけていたことはなかったはずだった。
 ……いや、彼は自分とはちがう。
 切るような鋭い双眸。それがゆるやかにほどける様が想像できる。とても容易に。
 アレルヤのオレンジなら、それは暖かそうだ。たぶん刹那と同じように、少し戸惑って、似合わないかなと困ったように、大きなからだを縮こまらせて、そう訊くのだろう。たとえば一番最初に出会う誰かに。
 オレンジの前を、ぎゅう、と掻き合わせた。
 壁に凭れ、ずるずる、床に沈んでいく。完全に落ちてしまえば、空間はまた無音に返った。アレルヤの部屋。アレルヤはいない。彼は、眠っている。4年間の拘束を解かれた直後にモビルスーツでの戦闘、という無茶をやってのけたアレルヤは、トレミーに「帰ってきた」少し後、糸が切れたかのようにぷつりと意識を失った。治療も兼ねて医務室で眠り続ける彼がこの部屋に足を踏み入れるのは、もう少し、先になるだろう。
 だからそれまで。
 まだ一度も使われていないベッドには、本来の持ち主に見捨てられた青のぬけがらが、無造作に投げ置かれていた。こちらへ伸びる形になっているからっぽの腕が、恨めしそうに、刹那を責める。
 それは、おまえのものじゃないだろう。
 わかっている。
 目を閉じた。うずくまったまま。冷たかった布地に刹那のぬくもりが伝っていく。じわじわと。
 からだと布との間にたよりなくひらいた空間。そこにわだかまった空気も、少しずつ暖かくなっていった。

 これに腕を通すとき── アレルヤは気がつくだろうか。




+ + + + + 


 主のいないオレンジが、たたまれたまま眠っている。

 刹那は今、アレルヤの部屋にいた。アレルヤはいない。この艦(ふね)の、どこにもいない。アレルヤは、地球にいる。彼にとっては神にもひとしい存在の女性とふたり、重力の大地を一歩一歩、踏みしめているはずだった。
 生きているのなら、それでいい。
 今は無音の、もぬけの殻の、けれどあちこちにアレルヤの痕跡をかすかにとどめる部屋で、いつかと同じように、刹那はオレンジに手を伸ばす。
 アレルヤが再びマイスターとなってから、彼のからだを包み続けたオレンジは、真新しい張りをとうに失っていた。けれどそれが、アレルヤが間違いなくここにいたことを示してくれる。
 オレンジは、相変わらず刹那の手の甲までをのみ込んだ。埋まらなかった体格差。もう、彼を追い抜くなんてことは、あきらめた方がいいのかもしれない。胸にも背にもラインが沿わず、刹那とのあいだに隙間ができてしまうのも、いつかと変わらなかった。
 けれど── あの日よりもくたびれてしまったオレンジは、その隙間をどうにか埋めようとして、刹那のからだにふわりと落ちてくる。
 大きさが合わないことをわかっていて、それでもなんとか空間を塞ぎたがって、だきしめたがって。柔らかく、刹那の肌に寄り添おうとする。
 アレルヤに、似ている。── 刹那はひとり笑った。
 アレルヤはいない。この艦(ふね)の、どこにもいない。それでもふいに会いたくなれば、刹那は彼の部屋を訪れた。痛みや苦しみや悲しみ、決意、ときどきは笑顔。それらと一緒にアレルヤがまとい続けた、暖かなオレンジ。それに腕を通して、今は地球のどこかで空を見上げているかもしれない彼を想う。
 部屋はそのままにしてあった。帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれない。
 どちらでもよかった。
 どこかで息をしているのなら。
 オレンジを着た刹那の姿が、静寂のディスプレイに映り込んでいる。ああ、やっぱり、似合わない。
 けれど、その色彩に目を射されることはもうない。馴染んだオレンジは、刹那の視界をただ、優しく満たしていた。
作品名:オレンジ 作家名:にこ