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夜明けの蛹

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まだ夜明け前、と半覚醒の意識で思う。眠りに落ちて、たった数時間。真っ白な箱のような部屋には窓も時計もなく、確認する術は体内時計のみだけれど、その正確さは疑っていない。
 ミッションでもないのにこんなに早く目が覚めてしまうなんて── アレルヤはふ、とため息をついて、胸の上のぬくもりを撫でた。
 彼の部屋は冷えているのに違いない。
「刹那」
 そう呼ばれた少年はとうに覚醒していて、横たわるアレルヤのからだの上にうつ伏せたまま、じっと彼の顔を覗き込んでいる。その、視線の、感触。目を覚ましたアレルヤに、もう眠るなと懇願するような。それが空腹を訴えるちいさな動物に見えて、アレルヤは眼を閉じられなくなる。
「……おなかすいたの?」
 刹那はそれには答えずに、ちょっとだけ首を傾いだ。そのしぐさがかわいいな、と思ったとたんに、アレルヤはくちびるを奪われていた。キスのために刹那がからだを伸びあがらせたせいで、同じ毛布のなかで重ねた、今はもう乾いている肌どうしが擦れ合い、そうして意識がクリアになる。思い出す。
(そっか、昨夜は)
 刹那と。思い返す間にもくちびるをついばまれて、その度ごとに覚醒する。ただ温かいだけだった人肌がしっとりと蜜に似たものを帯びていくのを感じた。毛布から抜け出てしまう刹那の背に腕を回す。ああ、脚もからめたままだ。
「せつな」
 深くならないくせに、しつこく繰り返されたキスは、アレルヤが咎めるように名前をひとつ呼んで、ようやく止まった。それでもまだ不満そうに、アレルヤの鎖骨のくぼみに鼻先を埋める刹那の柔らかい髪を、ごめんね、と言わない代わりに梳いてやる。
 猫みたい。それも、餌のときだけなんとか懐いたふりをしてくれるようになった孤高の希少種。
 ずいぶん成長したとはいえ、まだ自分よりは幾分ちいさな刹那の身体に、アレルヤは笑う。こうして自分の上でうずくまる刹那を抱き込むのは、アレルヤのお気に入りだ。
 セックスのときが嘘みたいだな、と思う。自分だって言えるほどの経験はないのだけど、刹那がアレルヤをだくときのそれには、少年特有の熱さと青さがある。走り出したら最後まで止められない、凶暴で、まっすぐで、あやうい情欲。刹那は訴える。たぶん、自覚もないまま。吐息で、視線で、肌で。アレルヤにはそれが聞こえる。殺すな、と。
 止めるな、拒むな、受け入れろ、最後まで、おれをこんなところで死なせないでくれ── 。
 そういう必死さに絆されるから、アレルヤはいつもつい、最後までつきあってしまう。刹那のからだがアレルヤを殺め、追いかけるように息絶えていく様子を見届けてしまう。刹那の死体はアレルヤの上に丸まって眠る。トランザムが活動限界を迎えたあとの機体のように、少しずつ、また、青い生命を身の内に貯めて、夜明けまで。
 さなぎのように。包み込むのをゆるされているのが、アレルヤにはうれしい。
 ばかじゃねえの、と嘲笑う声がする。
(仕方ないだろ……)
 まともな反論にもならない反論。仕方ないだろ、それは一種の開き直りで、けれどもうひとりの自分── ハレルヤはそれに答えを返してくれなかった。今はそうして頭の中で論じあうことでさえ、意識の浅瀬に出たくないということだろう。うっかり表に出て身体の感覚でも共有しようものなら。あああ、考えるだけでも恐ろしい。
 おれは寝るからな。起こすんじゃねえぞバカ。
 捨て台詞と一緒に、ハレルヤの気配が遠ざかるのにくすくすと笑った途端に。
「あっ」
 内側から外側へ、感覚が切り替わる。スイッチは、刹那の手。どうやらアレルヤが余所事に気を取られているのが気に喰わなかったらしい。む、と引き結んだくちびるはまだ幼いのに、肌をすべる指の動きばかりが官能的だ。
 まったく、どこで覚えてくるんだろう。
「……こんな、イケナイ事」
「嫌じゃないだろ」
「もう朝だよ」
「いけないのか」
 隣の部屋の人が起きちゃうよ。言ったところで、刹那は聞きはしないだろう。声を上げなければいい、などと言うか、なにも言わずに口を塞ぐか。自分の口で。
「……本当にイケナイ子だなあ、刹那は」
 その想像が満更でもない自分もどうかと思うが。はは、と自嘲気味に笑うと、刹那がまた首を傾げた。今度のそれはキスの前ぶれではなく、アレルヤが何故そんな風に笑ったのか純粋にわからなかったようだ。薄く開いているくちびる。ああ、それ、欲しいなあ。
 やってらんねえ。
 逃げたはずのハレルヤの呆れ声がかすかに降る。仕方ないだろ、アレルヤはもう一度、そう反論した。仕方ないだろ、彼がここにいてくれるのは今だけ。巣のようにぬくもったこの毛布から出てしまえば、刹那はもうぼくを振り返りやしないのだから。(そして刹那はそのことに自分で気づきもしないのだ── )
 覆いかぶさる成長途中のからだを、肩から背中へ、もっと下へ、掌でなぞって、抱きしめた。
 それを合図にして、刹那の全身がふっ、と、温度を上げる。遊びたがって這い回る手に、明確な意志がやどった。
「アレルヤ」
 好きにして、いいか。── 今更止められるはずもない声に滲む狂熱に、アレルヤはわらって、隠れるように毛布を引き上げた。
作品名:夜明けの蛹 作家名:にこ