【空折】ハートの話
好き、の気持ちが目に見えるようになりました。
とっても綺麗な、ピンク色の、ましゅまろみたいな手触りのハートです。
スカイハイさんは毎日毎日沢山のハートを生み出して、誰にでもハートを渡します。
挨拶を交わす老婦人、レストランのウェイトレス、塀の上を歩く猫、沈んだ顔をして歩く子どもにも。
好きの気持ちと、感謝の気持ちで生まれてくる沢山のハートたち。彼の通った道にはハートが一杯溢れています。
折紙君はたった一つしかハートを持っていませんでした。でも、それは、両手で持たないといけないぐらいの、おおきなハートです。
毎日沢山の人に与えられるスカイハイさんとは違い、折紙君のハートは一人だけにしか渡すことができません。
渡したい人はとっくに決まっていました。
折紙君はハートを渡すつもりなんかありませんでした。
相手が男性だったからです。
同性――しかも、自分のような根暗な男に渡されても迷惑にしかならないだろうと思って、一生隠し続けるつもりでした。
けど、形になってしまったハートは大きくて重たくて、折紙君は持っていることに疲れてしまいました。
意を決して折紙君は告白しました。
「僕、スカイハイさんが大好きです!」
たった一つのハートを差し出して。
スカイハイさんは笑顔でハートを受け取ってくれました。
「私も折紙君が大好きだよ!」
スカイハイさんもハートをくれました。折紙君は嬉しくて嬉しくてちょっぴり涙ぐんでしまいました。
スカイハイさんのハートは毎日沢山生まれてきます。今、こうしてる間にも道端にぽろぽろ転がっていきます。
特別の好きなんかじゃない。挨拶を交わす老婦人や塀の上を歩く猫とおんなじ、「好き」。
たった一つの大きなハートと引き換えにしてしまいましたけど、折紙君は幸せでした。
「ありがとうでござる!」
スカイハイさんから貰ったハートは折紙君の宝物になりました。
スカイハイさんは相変わらず沢山のハートを毎日毎日溢れさせています。
「最近、折紙君と会えないんだが……、トレーニングルームに顔を出してはいないのかな?」
「あいつなら毎日顔を出してるぜ? 時間が合わないだけじゃないか?」
スカイハイさんの疑問に、ロックバイソンさんが答えてくれました。
続いて、横から元気な声が滑り込んできます。ドラゴンキッドちゃんです。
「折紙さんなら下のエレベーターホールで見たよ。なんか、急用が入ったとかで帰るってさ」
「そうか。追いかけたら会えるかな?」
スカイハイさんは大股にエレベーターホールへ向かいます。
会えないから顔だけでも見たい。だって、スカイハイさんにとって、折紙君は大切な仲間なのです。
一目会って、変わらない姿を見て、安心したい。大切な仲間だから。
折紙君はなかなか見つかりませんでした。もう帰ってしまったのでしょうか。
諦めかけたとき、人通りの少ない非常口前でようやく見つけることができました。
折紙君は、スカイハイさんが知らない誰かと一緒にいました。
知らない人は、ピンクのハートを折紙君に差し出して、言いました。
「よかったら、コレを受け取ってください!」
折紙君はびっくりしたように目を大きく見開きました。
「え、その……? 僕に……ですか?? それとも、誰かに渡してほしいとか、そういうあれですか??」
しどろもどろと聞き返します。
「あなたに受け取って欲しいんです!」
折紙君は耳まで真っ赤になってうつむきます。
「ご、ごめんなさい。気持ちは凄く嬉しいんですけど、僕、もう貰っちゃったから、受け取れないんです」
「受け取るだけでも、駄目でしょうか?」
「すいません……」
知らない人は「謝らないでください。困らせてしまって、こちらこそすいません」と丁寧に一礼して、その場を離れていきました。
折紙君はハートを貰うことに――人から好意を向けられることに慣れていないのでしょう。断ったというのに耳まで真っ赤です。
ポケットからハートを取り出して、心を落ち着けようとするかのように額にハートを押し当てました。そのハートは、いつかスカイハイさんが渡したハートでした。
「折紙君」
折紙君は驚いたようにハートを背中に隠しました。
「そのハートは……」
折紙君の顔が真っ青になっていきます。
「スカイハイさん……! ご、ごめんなさい、これ、お返しします。き、気持ち悪いですよね。僕みたいな男があなたのハートを持ち歩いてるなんて……! 僕が渡したハート、お、お手数ですが明日持ってきてください。あんな大きなハート、邪魔でしょうし。あ、す、捨てちゃいましたか? 捨てちゃったんならいいんですけど」
「折紙君」
スカイハイさんの両腕には、いつの間にか沢山のハートが抱えられていました。
「私のハートを大事にしてくれて、ありがとう」
頭から沢山のハートを降らされて、折紙君は目を白黒させてしまいます。
スカイハイさんのハートを欲しがってくれる人は沢山いました。
大事にしているよといってくれる人も沢山いました。
だけど、その人たちは他にもハートを持っていました。それが当然でした。スカイハイさんもそう思っていました。
スカイハイさんのハートだけしか持たない人も中にはいましたが、そういう人に限って、もっと欲しい、毎日欲しいと駄々をこねてきます。ちょっとだけ、うんざりもしていました。
たった一つのハートを特別扱いして他のハートは受け取らず、かといってもっとと欲しがるわけでもなく、ただ、大事に大事にしてくれていた折紙君がとても悲しくて、でも飛び上がりたいほど嬉しくて堪りません。
もし、折紙君を探そうとしていなかったら。
探すのを諦めてトレーニングルームに戻っていたら。
スカイハイさんは折紙君がハートを大事にしてくれていることさえ知らないままだったでしょう。
なんて悲しい。そして愛しい。
ハートはいつまでもいつまでも溢れ、折紙君に振り続けました。
「スカイハイ、いい加減になさいな。折紙また埋まっちゃってるじゃないの」
ファイヤーエムブレムさんがうんざりした顔で言います。
「あぁ! すまない折紙君!」
トレーニングルームのソファに、並んで座っていたはずの折紙君は、スカイハイさんのハートに完全に埋もれてしまってます。
スカイハイさんは慌ててハートの山を崩して折紙君を救出しました。
「いえ、僕は、す、凄くうれしいですから。スカイハイさんのハートは柔らかくてあったかくてさわり心地がいいですし」
照れたように笑って、ハートを救い上げる折紙君が愛しくて、またスカイハイさんから大量のハートが降り注ぎました。
「うわっ」
「あらあら」
スカイハイさんはやっぱり毎日毎日ハートを作り続けています。道端にぽろぽろ落して歩きます。
だけど、彼は、自分のハートを誰にも渡そうとはしなくなりました。
スカイハイさんのハートを受け取っていいのは、この世でたった一人だけなのです。