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西園麻里子
西園麻里子
novelistID. 11917
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千万数えて振り返れ

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四畳一間の、窓枠の木材はもう陽に焼けて古び、乾燥しては我らに年月の虚しさを教え込む。誰にも見られぬよう、スス、と赤木はその色褪せた、カンナで削られた跡を撫でた。さらさらとした手触り。ひやりと水気を含んだ木の肌。ああ、雨が降る。そういえば鳥たちが低空飛行を繰り返している。南郷の部屋は二階である。そこの窓から、赤木は裏手に広がる空き地を見下ろした。数人の子どもたちがきゃっきゃとはしゃぐ。空き地といってもそこには、土管や廃材、数台の廃車が置き去りにされ、上から見ていれば何のことはないが、実際、背の低い子どもが踏み込めばそれは複雑な迷路の様相で出迎える。いーち、にーい。しゃがんで丸まって。目隠しをした子どもが声を張り上げた。雲が厚く垂れ始めている。あめがふるぞ。赤木は心の中だけで呟いて、ちいさなかくれんぼの行方を見守っている。

何見てんだ。声に振り返る。古びた煎餅布団から、寝起きの冴えない表情が覗いている。ごろりとうつ伏せに寝返り、体を起こした。
「鬼がいるんだ」
赤木は云った。
「鬼?」
南郷はまだ夢でも見ているような瞳で聞き返す。ずり、ずり、と重たそうに膝を擦って窓際までやってきた。見下ろす。空き地では、ちょうどいま子どもが三十を数え終わったところだ。
「なんだ、かくれんぼか」
散り散りになった子どもたちが思い思いの場所へ消えてゆく。今日は見えない、青々とした空色のパッケージから煙草を一本。銜えて、南郷はマッチで火をつけた。赤木が、俺にも一本、と強請ったが南郷は聞き入れない。不満そうな色を一瞬見せて、赤木は目を逸らす。視線が曇り空を捉える。

「お前、かくれんぼとか上手そうだよなあ」
覚醒しきれていない声が、一度煙を吐く度にはっきりとしてくる。
「かくれんぼって、どうやるの」
よんじゅうきゅーう、ごーじゅう!もういいかーい。南郷は目を瞠った。
「お前、かくれんぼ知らないのか」
戸惑い、憐れみ。それらをほんの少しずつ含み発されるあなたの声色。大人が、自分にどう声をかけるべきか迷っている。それが手に取るように分かる。ふ、と。吐息のような笑みが漏れた。迷路。時化た空気。あなたの表情。すべてがおかしい。
「南郷さんは?」
「そりゃあ、知ってるさ」
「本当に?」
「え?」
「本当に、知ってるの」
かくれんぼのやりかたを?世界から現実感を引き剥がす。ぱた、ぱた。黒点は小さく、そして見る間に大きさと強さを増して地面を濡らし、子どもたちは歓声と共に散り散りに。帰っていった。それぞれの帰るべき、家へ。

「かくれんぼってどうやるの」
それで、どう終わればいいの?平坦な声音がもう一度南郷を撫でた。そしてニィ、と子鬼のように笑う。赤木。南郷は真意をほんの少しだが汲み取れたように、じっとその笑いを見つめていた。なんだか、顔が、青いよ?赤木が云う。具合でも、悪いんじゃない。間を置いて、いや、大丈夫だ。南郷は云って右手で額を覆い、軽く首を振った。まるで眩暈を覚えたかのように。愉快で仕方がない。あなたがぼくの手の中で青くなってくれるのは。青鬼、赤鬼、緑鬼。子鬼の家はどこだった?子鬼に家などあるものか。雨は本格的に町を染め上げ、それは美味そうな不安の色に染まる。手の甲に水滴が幾つも幾つも落ち、南郷がそれを遮って窓を閉めた。雨宿りの終わりはいつか、考えるのにはまだすこし早い。
作品名:千万数えて振り返れ 作家名:西園麻里子