ツンデレ讃歌
客席が、少しだけざわめく。
異変を感じ取った虎徹さんが、お客さんの視線を辿り、僕を見る。
その瞬間、目を見開き、アゴをだらーんと下げていく締まりの無い顔を、してやったりという思いで見返し、その隣に立つ。
(始まりますよ)
余りにも呆けた顔の虎徹さんにそう言って、僕はブルースハープに口づける。
「……かんだ三日月が〜」
余程びっくりしたらしく、出だしをミスる虎徹さん。
観客の拍手にごまかされた感がありますが、僕は聞き逃しませんでしたからね。
噛んでいるのはあなたです。
『間抜け面』って、まさにさっきまでのあなたの顔ですから。
…とツッコミたくて仕方が無いが、今は練習の成果をパーフェクトに発揮するのが僕の仕事なので。
最も美しい音を出す息遣い、滑るような唇の移動…全ての人を感動させる音色を、変顔にならないように奏でる事に専念する。
この楽器を格好良く演奏するのは、意外と難しい。
「…ふぅ」
割れるような拍手と大歓声がようやく収まり、さすがの僕も一息吐く。
「『ふぅ』じゃねーよ! お前、どーしちゃったのよ!? 聞いてねぇよ!!」
戸惑いと喜びを全面に押し出した表情で詰め寄ってくる虎徹さん。
それはもう期待通りの反応で、思わず頬が緩む。
「だって言ってませんでしたから。…唾、飛ばさないでくださいよ」
「あ、悪ィ」
客席からはどっと笑いが起こる。
指示ボードには『このままMC』の文字。
了解。…おそらく、僕のパートナーは見て無いでしょうけどね。
「何だよ! いつの間に練習してたんだよ〜!」
虎徹さんは右手で僕の頭を抱え込み、うりうり、と小突いてくる。
「ちょ…っと、ヘアスタイルが乱れるじゃないですか。キャスケット被れば済むタイガーさんと違って、僕はセットにも時間がかかるんですから」
「んだよ、じゃあバニーも帽子かぶればいいだろ。よし、オレが素敵チョイスで見繕ってやろう!」
「結構です。それから、チョイスと見繕うって、意味被ってます」
「帽子だけにな」
客席には再び笑いが起き、僕も釣られて笑ってしまう。
「で? いつの間に練習したんだよ? おじさん感動しちゃったよ〜」
虎徹さんは片腕を上げて目を隠し、くーっ!と泣き真似をしてみせる。
いや、この人のことだ。本当に泣いているのかもしれない。
「別に練習なんてしませんよ。このくらい、余裕です」
おーっ、と観客席から拍手が起こり、『バーナビーさん、カッコイイ!』と声がかかる。
「とか何とか言っちゃって、ホントは夜一人ですげぇ練習してるんだぜ」
「ちょっと、バラさないでくださいよ!」
「お、図星? 図星?」
「ち・が・い・ま・す!」
客席も適度に落ち着いたところで、ステージの準備も整ったらしく、『次の曲へ』の指示が出る。
「ほら、タイガーさん、次の曲に行けって言われてますよ」
「仕方ねぇなあ、後でゆっくり聞かせろよ、バニー」
それには答えず、バイバイと小さく手を振って、僕はマイクスタンドの位置へ戻る。
まあ、このライブが終わったら、しっかり追求されるでしょうけど。
とりあえずは、最後まできっちり歌いきって、ラストのブルーローズさんに繋がないと。