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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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 意識を失う前、確かに皆守は足を折っていた。痛みがどうのという以前に、関節が逆に曲がっていたのだ。気のせいということはない。だが、《墓守》としての力が、みるまにそれを癒し、意識を失う前は自分の足で立つことができたほどだった。
 皆守はただの《墓守》だ。阿門に至っては《墓守》の長だ。
 たしかに《墓守》としての能力の発露には、個体差がある。だが、回復力という面で、阿門が皆守に劣っているということはありうるだろうか?
「骨がやられたんだ。昨日今日で治るものでもないだろう」
 あたりまえといえば、あたりまえ。諭すような言葉に、皆守は無言で肩をすくめた。
「では」
 一度、言葉を切った。
「――御子神は、御子神京也は?」
 瑞麗の細い目が、なお細くなった。
 間があった。皆守が、もう一度たずねる寸前、彼女は言った。
「誰だそれは」
 鮮やかな紅を引いた彼女の唇が放った言葉を、皆守は受け止め損ねた。目を見開き、能面のような白い顔を見つめる。
 秒針が一回りするほどの時間を置いて、皆守ははりつく唇をひきはがした。
「――何?」
「もう聞きたいことはないな」
「おい、何だよそれは。御子神京也だ。二学期に転校してきて、それで、アンタだって奴の夜遊びに協力していただろう! 何だよそれは!」
 つかみ掛かる皆守を、瑞麗は煙管で制した。ぎりと奥歯がなり、それだけで人をも殺せそうなほどに強い眼差しが向けられる。
 細工の施された金属が、軽く皆守の腕の内側を叩いた。
「そんな人間はいない」
 落ち着け、と。
 低い声がなお皆守を煽り立てた。さらに伸びる手を、煙管がさえぎる。その煙管を、皆守は掴んだ。
「落ち着くも何もないだろう。いないってのは何なんだ」
 瑞麗は皆守の言葉には答えなかった。
「――皆守甲太郎。今回の冬休みは、特別でな。生徒が学内に残留(のこる)ことは禁じられている」
 静かに告げられた言葉に、皆守は、大きく息を吸った。喘ぐような息遣いだった。
「実家はどこだ? 今はまだ昼前。今日中に向かうとして、荷物をまとめるには十分すぎるほどの時間があるはずだ」
「俺は――!」
「生徒だ。例外はない」
 にべもない言葉だった。
 教師の権限すら凌駕する《生徒会》の権力。瑞麗は、それをまるで、子供のごっこ遊びであるかのように、切り捨てた。
 ぐっと、皆守は拳に力を込めた。白皙の美貌は、彼のそんな態度にも、つゆほども動じる気配はない。
 聴覚を、微かな振動が刺激した。携帯電話の振動だった。
 瑞麗が、白衣のポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押した。
 能面のような無表情が、微かに緩む。ほんの少しの口元と目元の角度の差が、驚くほどに暖かな表情を作り出した。
 いくらかのやりとりの後、もとのように、ポケットに携帯電話を収め、皆守に向き直る。
「喜べ。阿門も目を覚ましたそうだ。意識もはっきりとしているらしい」
 聴いた瞬間、皆守の表情もまた喜色を宿す。声にならない声が、阿門の名を呼んだ。
「もう一度、私は阿門の屋敷に向かう」
「俺も――」
 勢い込む皆守に対し、瑞麗は首を横に振った。
「お前は他にすることがあるはずだ。支度ができたなら、職員室に顔を出せ。誰かいる」
「友人の見舞いにも行かせないというのか」
 搾り出すような低い声に対し、瑞麗はうなずいた。
「会いたいというのならば、休みが明けてからにしろ。同じように意識を失っていたおまえの状態を省みれば、危険な状態かどうかはわかるだろう?」
「……」
 皆守は、視線を床に落とした。
「さあ」
 瑞麗に促され、重い腰を上げる。ゆっくりと、保健室を横切り、廊下に出る。
 眺めている必要などなかったが、瑞麗が保健室に鍵をかける姿を、見るともなしに見守った。
 鍵をかけ、扉が開かないことを確かめる。そうしてから、彼女は皆守を見た。
 柔らかな表情だった。ただ、とりつくしまもなかった。
「終わったんだよ、総て。――三年生の三学期だ。いくらでもやることはあるだろう?」
 慈悲深い笑みだった。教師という種族。親。肩書きこそ様々の、指導員。教育、もしくは更正にたずさわる人間が、何度も皆守に向けてきた笑みだった。
 忘れろ、と。言外にそう言っているのだろう。
 煉獄。
 不意に、言葉が浮かんだ。
 出られないから。縛られているから。
 それだけではない。
 目をふさがれていた。耳をふさがれていた。『常識』を、懇切丁寧に言い聞かされてきた。
 そしてまた、目をふさがれようとしていた。
 従うか否か。
 ここで彼女に対し、だだをこねたとして、何らかの変化があるか否か。
 皆守は、小さく頭を下げた。
「世話をかけた」
 瑞麗が笑う。それが教師の仕事だと言った。
 そして、てのひらで、彼に行くようにと促した。
 素直に皆守は従った。
 足を引きずるようにして、言われたとおり、寮へと向かった。