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Silent cry

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ケニーがジョージの死を知ったのは深夜3時を過ぎた頃だった。
 ぼうっとした意識の中、目を覚ましたケニーはまず、窓の向こう側へと目を遣る。少しは明るくなっていたかと思っていた空はまだ暗く、濃い藍色の景色は眠りにつく以前と然程、変わりはなかった。
 次に丁度、近くにある円い小さなテーブルに置かれている時計で時間を確認。時計の隣には畳んでおいたシャツが一枚。
 肘をつき、半身を起き上がらせようとした時、ふと、手元に違和感を感じた。昨夜、ブランケットで覆い、隠し持っていた拳銃がなくなっている。
 どこかにあるんじゃないかと毛布を剥ぎ取ったり、ソファーの周辺を探してみたものの、やはり見付からない。

 もしかしたら――ケニーの脳裏に生々しい光景が過る。
 口内に銃の先端を宛がい、そのまま引き金を引く男の姿。頭部と首を繋いでいる箇所から生温かい血糊に包まれた銃弾が貫通する。
 赤々とした鮮血がベットに飛び散り、男は虚ろな表情のまま倒れ込む。
 拳銃が落ちて、クッションが柔らかく、体の衝撃を受け止める。
 男は空っぽな瞳で天井を見据える。
 もし、本当にそうだとしたら――単なる想像にすぎなかったが、あまりにもリアルに描かれていて思わず軽い吐き気に襲われ、一瞬、片手で口を抑え込んだ。

 明かりが灯っている方へと恐る恐る、顔を向ける。
 横たわっているソファーから降り、音を立てずに歩み寄っていく。ベットの近くで立ち止まり、俯く。
 床に伏している教授の姿。その隣でランプがぼんやりと何かを照らしている。
 あの拳銃だ。寝ている間に取り返されたんだな、とケニーは思った。
 屈んだまま膝をつき、男の頭を抱え、襟首の部分を見る。しかし、弾丸を受けた痕はなく、それから体中探してみたものの目立った外傷はひとつも見当たらなかった。
 けれども――手の温度の冷たさがこの体が既に抜け殻であるという事を物語っていた。
 だから、彼の胸に耳を当てたところで何かが変わるかもしれない、だなんて期待は端からしていなかった。鼓動が止まっている事も一目で分かった。
 それでも、心臓が機能していないのを確認したのは彼が、ある一人の人間がこの生涯の幕を閉じたんだなという実感が欲しかったからなのかもしれない。初めて、実際に見た死をこの目で焼き付けたかったからなのかもしれない。
 胸板から耳を離した時、突然、銃を見つけた時に引き出しに入っていたあの写真を思い出した。やはり、あの男は彼の恋人だったのだろうか。
 複雑な靄が胸にまとわりつき、振り払いたい衝動に駆られる。この感情は知っている。嫉妬だ。嫉妬だが、それが恋や愛情なのかと問われれば首を傾げるだろう。かと言って一言で表すのには難し過ぎる。
 指先で頬、それから唇、喉元、鎖骨へと辿って行く。
 途端に視界が滲みだした。目頭が熱くなり、鼻をすする。ケニーは涙を堪えながらも、眠ったように死んでいる男の顔から目を離さなかった。
 不謹慎にも、美しいと思ってしまったのだ。
 長い睫毛に整った顔立ち。愁いをまとった雰囲気が欠落している、彼の人間味のある部分をより一層、際立たせる。
 一見、完璧に見えて実は繊細且つ、脆くて壊れやすい。だからこそ、この社会という狭い領域の中で、彼が生きていくにはあまりにも息苦しかったに違いない。いつ自分の命に手を掛けてもおかしくないであろう。
 だけど、そうではなかった。ごく自然に時が訪れ、少し早めだったけれども彼は逝ったのだ。焚き火の炎が時間が経つにつれ、次第に弱まっていくのと同じ原理なのだ。
 もう一度、頬に手を添えて、ケニーは軽くキスを落とした。自分は多分、ゲイではない。男と寝たいと思った事は一度もないし、これから先も同性をそういった対象として見る事はないだろう。

 けれども、ジョージとキスをする事には不思議にも抵抗はなかった。情欲とは違う、そう、守りたい、孤独を抱え込んでいる、傲慢にも彼の唯一の理解者になりたかった、と。

 冷たくなった掌に自分の手を重ねてケニーは再び込み上げてきた目頭の熱に全てを委ねた。
 警察やどこかに連絡しようなんて事は頭にはなく、声を押し殺して朝が来るまで暫く静かに肩を震わせ、しゃくりを上げ続けた。






END
作品名:Silent cry 作家名:なずな