私はそれを手放すことが出来なかった
これが“執着”と言う感情で表現されるものだと知っていた。
自分は既にヒトではない、世界に“戦慄と恐怖”を振りまくためだけに生まれたモノだと分かっていても。
それでも、どうしても手放すことは出来なかった。
「熱斗…無事か?」
「DS!」
アステロイドの攻撃から護りぬけただろうか、身体の一部がデータとして乖離していくのを認識しながら不自然にガクガクと震える首を持ち上げる。
目の前には、自分とよく似た顔をした少年が顔面蒼白になって座り込んでいた。
「バカっ!オレのこと庇ったりしなけりゃ良かったのに!!」
「クロスフュージョンしてたって、あの一撃は無理だっただろ…割って入らなけりゃ、こうなってたのはお前だ」
「そんなことより…再生…再生できないのかよDS!?」
そんな事をしても無駄だと分かっていても、データの乖離を防ぐように傷口へ両手を当ててくる。その手は、ひどく暖かく感じた。
「無理だ…再生不可能になるか、それに近い状態になるようにプログラムされてたらしい」
「そんなっ!」
こらえきれなくなったのか、熱斗の両目からぼろぼろと透明なしずくがあふれ出す。
「泣くなよ…そんな顔させたかった訳じゃねぇ…」
「だって、だってオレ目の前にいるのに何も出来ない…!」
『熱斗くん…』
「おい、青いの」
『……なに、DS』
空間に開いた窓の向こう、もう1人の自分が何かをこらえるような顔で返事を返してくる。
「今回ばかりは、お前が別にいても無理そうだ…決着、つけられそうにねぇ」
『…ッ!』
愕然とした2人の顔を見ながらも、かえって気分は静かに落ち着き始めていた。
『らしくないよ!弱音なんて吐かないでよ!いつもの憎まれ口はどうしたのさ!!』
「そうだよ!いつもいつもビックリするくらいしぶといじゃん!今に限って…限って…そんなこと」
姿勢を維持できずに横たわると、涙が顔に降りかかってきた。
「置いて行かないでよ…彩斗兄さん!!」
「なんだ…熱斗、俺相手でもそう呼んでくれるのか…」
「当たり前だろ!どっちの“ロックマン”だって元は兄さんだったんじゃないか!」
そう、元をただせば1人の人間だった。有人格プログラムとして蘇生する際に、魂が二つに分かれただけ。
プログラムとしての自分を受け入れた彩斗が“ロックマン”に。受け入れなかった彩斗が“ロックマンDS”に。
ずっと2人で1人だった。だから、今までどんな危険なことがあっても生き延びてきた。
―手放せなかったもの
――家族、その中でも特に存在の大きかった双子の弟
熱斗だけは、護りたかった。
「泣くなよ…熱斗」
『DS…決着はつけられなくなったけど、決断はするよ』
「なんだ…土壇場になってようやくか?」
8割近くが分解したころになって、ロックマンが口を開いた。
『……戻ろう、1人に。これからも、ずっと熱斗と一緒にいるために』
パチン、と弾ける様に熱斗の姿が変わり、その手の中に落ちたPETへとデータが解けて消えていく。
「しゃあねぇな…お前優先で融けてやるよ」
サラサラと音が聞こえるような光景で解ける速度が増し、やがてDSの姿が完全に失われる。
「…ロックマン」
不安そうな声を受けて、“彼”はゆっくりと瞳を開いた。その色は、碧。
『大丈夫だよ、熱斗くん。少しだけ、ヒトだった頃に近づいただけだから』
にこ、と笑って見せれば熱斗はどこか安心したように大きく息をついた。
―大丈夫、変わらない。
―“執着”だとばかり思っていた感情、それに“絆”という別の名があったことを思い出しただけ。
手放せなかったものは、手放してはいけないものだったと思い出した。
ずっと一緒にいるよ。君のそばに、ずっと。
作品名:私はそれを手放すことが出来なかった 作家名:如月