その方が落ち着くから
むぎゅ、と目の前で揺れる布の端を握り締める。
「…なんだ、木ノ宮」
「なんとなく。ふわふわしてたから」
ふ、と軽いため息をついてカイは後方にいるタカオを振り返った。
「心配をかけたのは分かってるが、それを引っ張られると俺の首が絞まるんだがな」
「分かってるなら、心配かけるようなことすんな」
ブルックリンとの試合で負った傷が完治したばかりのカイ、病院嫌いの彼は入院先から脱走を試みるのが常だったが、毎日毎日タカオが見張りに来るので逃げるわけにも行かなかったのだ。
「今回は逃げなかったけど、お前いつどこ行くかわかんねぇんだもん」
「しばらくはどこにも行かん。…仕事が溜まってるからな」
「会社の仕事で忙しくなかったら、またどっかに修行に行っちまうんだろ?」
またため息が落ちる。
「今度はお前もついて来るんだろうが。約束しただろう」
「ついて行くけど…」
「そんなに信用がないか、俺は」
「なんか…捕まえてないと不安なんだよ」
この前の世界大会中、激しい情緒不安定に陥ったタカオの心情を考えると下手なことも言えない。
意外と繊細なのだ、この愛しい世界チャンピオンは。
「いいから、手を離せ」
「う〜」
しぶしぶと言った様子でマフラーの端から手を離すと、テテテっとカイのそばへ寄ってくる。
「じゃあ、手貸せ。手!」
「………仕方ない」
今度はカイがしぶしぶ手を差し出すと、ぎゅっと力をこめて握り返された。
「へへっ」
無邪気に笑うタカオの顔を見て、カイの表情も緩む。
―こうやって、ずっと一緒にいられたらいい。ずっと、ずっと
作品名:その方が落ち着くから 作家名:如月