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婚約者 [黒後家蜘蛛の会二次創作]

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婚約者(5) 真相


「わたくしは反対でございます。その調査は即刻中止すべきかと思います。これ以上第三者がつつきまわりますと、さらに不幸な出来事が起きかねません」
 その言葉にテーブルの面々は一斉にヘンリーを振り返った。
「というと、ヘンリー?きみは何か気付いたのか?」
トランブルの言葉にヘンリーはうなずき、一呼吸を置いてから真剣な表情でゲストに向き直った。
「ピアスンさま。さきほどトランブルさまがおっしゃいましたとおり、この部屋で話されたことを四方の壁を越えて漏らすことは許されておりません。それはゲストの方も同じでございます。その点はたしかにお守りいただけますでしょうか?」
 ピアスンは思い切り眉根に皺を寄せてヘンリーの顔を見返し、ややあってうなずいた。「ああ。それは聞いているよ」
 ヘンリーはうなずき、あらたまった態度で言った。「私が思いますに、子供をお持ちの男性と結婚するのであれば、たしかにそれなりの苦労もございますでしょう。しかし、お嬢さまはちゃんと男性を見る目はお持ちだと存じます。お話をうかがって、イングラムさまは非難を浴びなければならぬような人物ではないとわたくしは思いますのです」
「これは驚いたね、ヘンリー。保険金詐欺師ではないにしても、女たらしではあるだろう。きみがその方面についてそこまで寛容だとは意外だったよ」トランブルが言った。
「まずもって」それには答えずヘンリーは言った。「ホルステッドさまのおっしゃった説は、わたくし、多くの点で正しいと思うのでございます。秘密があったということもそのとおりと存じます。しかし脅迫が行われていたという点については事実と異なっているように思うのでございます」
「ほう、じゃあヘンリーはその秘密が何かも分かっているのかい?」ホルステッドが言った。
ヘンリーは言った。「みなさまに一つ想像していただきたいことがございます。2年と少し前、マーガレットさまはピアノ教師としてイングラム家においでになりました。当時マーガレット様は離婚後で天涯孤独の身でいらっしゃいました。
「わたくしは女性の感情について詳しく語れる経験は持ち合わせておりませんが、入院の際のお話を聞きますと、イングラム家に来るようになった後、マーガレットさまは自分でもそれとは知らずにイングラムさまへの思慕の念をお持ちになるようになったのではないかと思われるのでございます。
「そのような中でマーガレットさまはアーネストにピアノを教えておいででした。先ほどのお話では、アーネストはとてもお優しい性格で、マーガレットさまはアーネストに対してよい感情をお持ちだったとのことでございました。たとえばアーネストはレッスンの合間に、親身になってマーガレットさまの身の上話を聞いてあげたりもしていたのではございますまいか。あくまでも想像でございまして事実のほどはわかりませんが。
「そして、先ほどのお話では、アーネストはイングラムさまと非常によく似ていらっしゃったようです……それがどれだけの意味を持つものかはわかりませんが。
「そして、ピアノのレッスン中には自然に指や体が触れ合うこともあったのではないかと思うのでございます」
 テーブルの面々は不審そうな顔を浮かべたが、ヘンリーの言葉が含むところを察するやいなや、一斉に息を呑んだ。そして「なんだって!まさかきみは……」という合唱が沸き起こった。
 ヘンリーはうなずいた。「イングラムさまとアーネストはよく似ておいでだったというお話でした。そしてイングラムさまとジョン・ジュニアも似ておいでとのことです。これはつまり、アーネストとジョン・ジュニアも似ているということに他なりません」ヘンリーは一息をついて続けた。「ピアスンさまのお話は、ジョン・ジュニアの父親がアーネストであると考えますと、すべてが理解できると思いますのです」
 水底のようにテーブルが静まり返る中で、放心したようにピアスンが言った。「じゃあ、イングラムは」
 ヘンリーは言った。「その事実を知ったイングラム様はもちろん非常に驚かれたでしょう。しかし、これはアーネスト、マーガレットさま、そして生まれてくる子供のために、ぜひとも隠さねばならないことと考え、即座に行動なさったのでございます。
「将来のことはどうなるのかわかりません。しかし、アーネストはまだ13歳でございます。冷静に考えさせるためだけにでも、まず二人の間に距離を置こうとしたのは自然なことでございます。
「別居はそのためだったのですが、イングラムさまはそれだけでは足りないと考えました。生まれてくる子供については、世間からの疑いをそらすためにも、またアーネストの親としての責任を取るためにも、自分の子として扱い、それを押し通さなければならない。そのために結婚までなさったのです。その時点ではすでに愛する女性が他においでになったにも関わらずです」
「ジェニファーのことか」口もきけないピアスンの代わりにドレイクが呟いた。
 うなずいてヘンリーは続けた。「しかし、いつまでもそうしているわけにはまいりません。どこかでかりそめの結婚生活は終わらなければならない運命でございます。そのため、その後のマーガレットさまの仕事を探すべくお骨折りだったのでございましょう。マーガレット親子のために、万一に備えて保険も自分の負担でお掛けだったのです。それが不幸な事故のために明るみに出て、要らざる疑念を起こさせることになったのでございますが」
「では、あれはまったくマーガレットへの善意だったんだね」ピアスンがかすれた声で呟いた。
「はい。なんとなれば、ジョン・ジュニア…この名前も自分の子供であることを印象付ける意味もあったでしょうが…この赤ん坊は自分の孫なのでございますから」ヘンリーはうなずいた。「そしてもちろん、事故があろうがなかろうが、折を見て近いうちに離婚する予定だったのでございましょう」
 続く沈黙の中、「……“ブラームスの子守唄”か」何かに気がついた顔をして、ルービンが常に似合わぬ小さな声で言った。
 ヘンリーがうなずいて言った。「ロベルト・シューマンの妻クララと14歳年下のブラームスが恋仲だったという説がございます。これはアーネストにしかわからないことでございますが、“ブラームスの子守唄”を揺り籠のジョン・ジュニアに演奏して聞かせたのには、あるいはその意味があったやもしれません」
 テーブルに続く沈黙を破って、ピアスンが大きく息をついた。「ありがとう、ヘンリー。今の説明を聞いて、私もこれが事実だと確信する。もちろん、調査もすぐにとりやめる。万が一にも第三者が事の真相に勘付いては大変だからね」
「それがよろしゅうございます。このことをご存じなのはマーガレットさま、アーネスト、イングラムさま、そしてイングラムさまから事情を聞いたお嬢さまだけでございましょう。事実を知る人間が増えるのは誰にとっても益にはならないと存じます」
 誰も口をきこうとしない中、ピアスンが低い声で言った。「しかしマーガレットとアーネストは……これからどうなるんだろう?」
 「ピアスンさま、あなたさまは何よりもまず、お嬢さまのご結婚を祝福してあげてくださいませ」ヘンリーはかすかにほほえみ、ピアスンの目を見つめて言った。