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新刊サンプル_公爵閣下の異常な愛情

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sample


「お前の主は誰だ。お前を支え一国たらしめているのは誰だ」
「……」
 轟然と胸を張る。これは問いではない。
 プロイセンは無言でするりとソファを下り、まくれたローブの裾を翻しながらその華美な
衣装を纏う上司の前に片膝をつく。剣もなければ馬を蹴るための踵もない、聖職者然とし
た態であるというのに、プロイセンの跪く姿はひどく自然で手馴れていて、事情を知らな
い者が見ればそれが逆に可笑しささえ覚えるような光景だった。
「全ては閣下……貴方です」
「そうだ……。私がプロイセンの主人だ。私がお前の礎を築いてやる。もう東方の蛮族に
 踏み荒らされぬような確固たる土台を。だからプロイセン、お前はただ私の元で隆盛を
 享受すればよいのだ。他には何もしなくてよい。傷付くような事は何も」
 何て言い様だと表情を変えることはしなかった。深く頭を垂れて、はいと頷くとプロイ
センはゆっくりと顔を上げる。そして同時に左手を腰元へ、右手を顔の前にかざした。
小指と薬指だけを折っているのはその二本が示すものが人の身体と魂だからだ。
ぴんと立てた親指は神を、人差し指は神の子を、そして中指は精霊をそれぞれ表して
いる。三位一体の神性に賭けて、とプロイセンは未だ人でいえば十五歳か十六歳程度に
しか見えない容姿には似合わぬ厳かな声音で言う。
「全て仰せのままに……」
 我が王、と。もう飽きる程繰り返してきた誓いだった。今よりもっとずっと人の死に
やすい時代から、上司が変わるたびに。酷い時は数年で交替する主に膝を折り宣誓する。
騎士の誓いを主君に。そのやり様をいつだかフランスは間違っているとあの麗しやかな
顔を歪めて吐き捨てた。国と人の関係はそういう容はしていないと。
 だが、プロイセンはこれ以外の容を知らなかった。
 だから誓う。
 戦えというなら血飛沫を浴びて戦い、蛮族を屠れというならそのように。神を捨てろ
というなら修道の道を閉ざし、剣を捨てろというなら身ひとつで。着飾り宮廷の奥にと、
そう望まれるなら従おう。全て貴方のよいように。
 だってそうだろう、と脳裏で苦々しい顔をするフランスへ問いかける。お前とは違う
んだ。人に見捨てられたら、自分は存在し得ない。肥沃で美しい大地に、どうしたって
人が惹きつけられ集まるお前とは決定的に違う。







              <公爵閣下の異常な愛情>