ツンデレ讃歌2
「お疲れ様でした」
「お疲れィ!」
なんとかライブを終え、すれ違うスタッフ達と挨拶を交わしながら、俺達は楽屋へと戻った。
「ふぃーッ! 疲れたなぁ、バニー」
一番近くにあったソファーに、どっかりと腰を下して相棒を見るが。
「僕はそれほど疲れてませんよ、まだ若いですから」
ヤツは鏡台の前に立ち、余裕の笑みを返してくる。
きー、可愛くねェ。
「ああ、そうだ。お前、さっきの…」
「そうでした。これ、お返しします」
俺の言葉を遮って、ヤツがポケットから取り出したのは、さっき吹いていたハーモニカだ。
「んン??」
「やっぱり気付いてませんでしたよね、それ」
そう言ってバニーが指差す先にあるのは…
「俺?」
「違います。あなたが首から提げてるスタンドです」
「これ? これがどうか……ん? 何だ…?」
よく見ると、スタンドに収まっている物体は、いつものハーモニカじゃない。
俺は、銀紙の表面に描かれたロゴに目を凝らす。
「しー、えっち、おー…」
「チョコレートです」
「だぁー! そのくらい読めるわッ! 近過ぎて見にくかっただけで…」
「老眼ですか?」
イチイチ可愛くねぇなあ!
「ド近眼のお前が言うかぁ!?」
む、と真顔に戻るバニー。
「人の欠点をあげつらうなんて、ヒーローとして…いえ、人として最低ですね」
「はあぁぁ!?? お前が言うか!? どの口でそれを言うかッ!!」
唇の一つでも捻り上げてやろうかと立ち上がったところで。
「ハァイ! お疲れちゃ〜ん、二人ともォ〜」
聞き覚えのあるオカマ声。
「おつかれさまでーす! って、あれ?」
その後ろから、ぴょこんと顔を出すドラゴンキッド。
「早速ケンカしてるの?」
衣装のまま、楽屋を覗き込んできたのはブルーローズ。
「二人が遊びに来てくれたから、ついでに挨拶しとけばって連れて来たんだけど…取り込み中?」
「いいえ、全然。どうぞ入ってください。ほら虎徹さん、どいてください」
ブルーローズ達に笑顔を向けながら、俺にはしっしっ、と手で追い払う仕草を見せるバニー。
「何勝手に仕切ってんだよ!」
「じゃあアナタは、レディ達を立たせておくんですか」
「あらやだレディですって! さすがハンサムねェ…アンタも爪の垢ぐらい煎じて飲ませてもらいなさいよ」
…絶対お前の事じゃねぇよ!
「…くそっ」
4対1では分が悪いので、ひとまずここは退く事にする。
戦略的撤退と言うヤツで、決してバニーの言いなりになった訳じゃない。
しぶしぶソファを明け渡し、バニーの隣の鏡台に移動する。
こっちの椅子には背もたれが無いが、仕方無い。我慢してやろう。
「えっと…なんか、すいません、タイガーさん…」
「いいっていいって」
しゅんと肩をすぼめるドラゴンキッドに、俺は笑顔を向ける。
「そうよ、気にする事ないわヨ。ささ、座りなさい、アナタたち」
アンタはもうちょっと気にしてくれないッスかねェ!
「そうそう、気になってたんだけど…、タイガーのそのチョコレートって、何だったの?」
ソファに腰を下ろしたブルーローズが、俺の首に掛かったままのハーモニカスタンドを指す。
「え? お前も知ってたのか! 言ってくれよ〜!」
「いや、だって、新しいプロモーションかなって…」
「んなワケあるかっ!」「ええ、そうですよ」
俺のツッコミに、声が被さる。
「えぇ? そうなの?」
と、俺は思わず隣のバニーを見上げる。
「クロノスフーズの新商品です。暑さに強いチョコレートだとか」
「なるほどねェ…、ステージのライトでも溶けないって宣伝なのネ」
「ええ。ブルーローズさんや僕より、暑っ苦しい人が持っていた方が効果が高いだろうと」
「「確かに」」
おい、そこの女子二人、納得すんな!
「そういう訳でロックバイソンさんに頼まれまして」
「あンの野郎…」
覚えてろよアントニオ!
「ったく、何で俺が余所の会社の宣伝までしなきゃなんねェんだよ…」
「それは今回のライブのスポンサーに、クロノスフーズが入ってるからでしょうね」
「えぇ? そうなの?」
俺はまたバニーを見上げる。
「……スポンサーくらい確認しておいてください」
くいっとメガネの位置を直しながら、冷たく睨まれた。
「で、でもすごかったですね! すごい盛り上がってた!」
俺達のビミョーな空気を察したドラゴンキッドが、ガタンと身を乗り出す。
「そうそうハンサム、アンタいろいろ出来るのねェ…」
「悔しいけど、今日はあたしよりタイガーの歌の方が盛り上がってたかも」
「いえ、アニエスさんから『ワイルドタイガーの曲だけ視聴率が下がるのをなんとかして!』と言われたもので」
「えぇ? そうなの?」
「…そのセリフ、何度目ですか」
三度目です。
「なーんだ。バニーちゃんが俺の為に練習してくれたと思って感動したのになー、ちぇー」
「僕が虎徹さんの為にブルースハープを練習したら、嬉しいんですか?」
「そりゃ嬉しいだろ。コンビなんだからさ」
「そんなものですかね…」
そう言いながら、バニーは手にしたままのハーモニカをぷぱーっと適当に吹く。
「あ、お返ししますね、これ」
その音で思い出したかのように、俺にハーモニカを渡してくる。
「おう。…あ、このチョコどーしたらいいんだ?」
俺はハーモニカスタンドを首から外しながら、バニーに尋ねる。
「処分していいんじゃないですか? 特に返すようには言われてませんし、もう販売してる商品ですしね」
「ふーん。…ブルーローズ、チョコいるか?」
「あ、あたし? くれるんならもらってあげてもいいけど…」
「いらねぇんならいいよ、ドラゴンキッド…」
「いらないなんて言ってないでしょ! 新商品だし食べてみたいって思ってたけど!」
「素直じゃねぇなぁ」
年頃の娘さんはムズカしい。
俺は苦笑しながら、ブルーローズにスタンドから外したチョコを放る。
「良かったわねェ…」
「べ、別に…」
ファイヤーエンブレムに頭を撫でられて、照れているブルーローズ。
そんなにチョコが好きなら、最初ッから素直に「ください」って言えばいいのに。
ホントに、年頃の娘さんはムズカしい。
楓もいつかあーなっちゃうんだろうか。
なんだかちょっと切なくなって、俺も手にしたハーモニカをぷぱーっと吹いた。
「あ」
部屋中の人間が、一斉に俺を見る。
「な、なんだよ…?」
「アンタ…」
「だから何だよ…?」
「間接キスよッ! ズルイ! アタシがハンサムと間接キスしたかったわッ!」
わざわざ立ち上がって、クネクネと身悶えするファイヤーエンブレム。
…んな大げさな。
「するか? ほれ?」
俺がハーモニカを突き出すと、
「冗談じゃないわッ! アンタの唾液まみれのハーモニカなんてゴメンよッ! …まったく、行くわよ、小娘たち」
「はぁい」
「あたし、着替えてくる」
と、三人は逃げるように出て行ってしまった。
廊下から、「女同士で美味しいモノ食べに行きましょうねェ〜」と、オカマの声が聞こえてくる。
「…吹く?」
振り上げたハーモニカを収める先がわからず、とりあえずバニーちゃんに聞いてみるが。
「…はぁぁぁ」
盛大な溜息を吐かれてしまった。