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軌跡

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今回の、この、「みらい」の密着取材だって、本当は俺の仕事じゃなかった。

部署には俺より優秀なやり手のインタビュアーがいて、どうせ防衛省のチェックが入るんだし、海上自衛隊の独占密着取材なんて目玉の仕事はその優秀なやり手の仕事になる予定だった。だがそのやり手が女だという事で自衛隊への密着、そして長期の訓練航海を本人と編集部が渋った事で、大きな仕事も抱えちゃいなかった俺にたまたま鉢が回ってきたようなもんだった。

今回の密着取材で何か良い画でも撮れば、この年になるまでぱっとした記事も書けなかった中年には良い刺激になるだろう、という上のありがたーい心遣いで飛ばされてきたようなもんだった。



それを俺はどんなに悔いただろうか。―――――――――俺じゃなくてもよかった。


そのやりきれなさに腹が決まらない。この「みらい」の乗組員のように、自分達が最初から所属している船がこんなタイムスリップだなんて非現実的な事になっちまうんだったらいくらか納得ができるかもしれない。自分達が現れた意味だとかなんだとかの理由だって見つけられるかもしれない。だが俺がここにいる必要なんて何もなかった。俺でなくてもよかった。あのやり手の女がここにいてもよかった。いや、ここにいる筈だった。俺でなくても、よかった。実際、俺はこの船に乗っていても何もする事がないし、手伝えることもなかった。ただ誰かに報告するために、シャッターを押すくらいの事しかできる事がなかった。




「みらい」に持って来たものは、普段から仕事で使っているアメリカ製の最新型のデジタル一眼レフと、そして十数年も昔の国産の一眼レフだった。
こんな旧式の一眼レフなんてもうとっくに仕事で使うことなんてなかったのに、今回に限って取材に持ってきていた。



けれど俺には、何故この一眼レフをもってきたのか、なんとなくわかったような気がしていた。




普段取材で仕様しているのはデジタル一眼レフ。
一秒間に23コマの超高速連続撮影が可能であり、画質も2500万異常の画素。人間の目で見た景色よりよっぽどリアルで精巧な一瞬を切り取ることの出来るカメラだ。普段仕事でやっているようなアイドルの張り込みやら政治家へのインタビューなんかに使うにはあまりに勿体無いほどできたカメラだ。メーカーだってこのカメラには、プロの写真家が素晴らしい風景だの動物の生態系だのを撮影してくれれば、なんて考えて作ったカメラだ。


それに比べてこの旧式の一眼レフは、フィルム式で、下手をすればそこらの高校生の持つケータイ電話の方がよっぽど鮮度の高い画を撮るような時代遅れのモデルだったが、俺が最初に出会った「良い」と思う手ごたえの国産カメラだった。なんとなく入った三流大学の写真サークルのようなものに所属していた頃にこいつに出会った。金持ちの餓鬼なんかは親からの仕送りでドイツ製のカメラなんて手に入れて、遊び相手の女ばかり撮り、マニアなやつらがプロ仕様の望遠レンズで鉄道やら飛行機やらを撮っているようなサークルだった。俺はそいつらのカメラを恨めしく思いながら、いつかこいつよりよっぽど良い写真を撮って成功して、いつかこいつらを出し抜いてやろう、一人だけ有名になって名声を得てやろう、なんて青臭い事を本気で考えていたような、そんな時にこいつに出会った。

色んなカメラ雑誌を読んで研究を重ねた末に、貯めた二十万でようやく手に入れた国産の一眼レフ。こいつで世界を驚かすケビン・カーターや沢田教一のような写真を撮り、第三者の目線に立つ人間の腹をえぐるような響く写真を撮ってやろうなんて考えていた。


けど気がつけば、周りはカメラなんて趣味は「そこそこ」という具合に押さえ、とっとと企業に就職し、目的も仕事もないまま大学を卒業という形で追い出されて俺は「フリージャーナリスト」なんて名乗って他人の生活を土足で歩き回るような仕事をなんとなく続け、たまたま撮った18歳の人気アイドルと若手俳優の交際をスクープしたコネで出版社に拾われ、そしてアイドルの綴じ込みグラビアだの雑誌のインタビュー写真だのを撮るようになっていた。ケビン・カーターのように紛争地へ足を運ぶこともなければ、沢田教一のように戦場へも行かず、アーノルド・ハーディーのような非日常の生命の一瞬を体験することもなく、安穏としてレンズに向かって笑みを浮かべる乳のでかいアイドルやら、カリスマをアピールする中年実業家たちに向けてシャッターを押していた。―――そういう人生だった。
不満なんてなかった。これからもそんな生活が続くだろうと思っていた。



だから「みらい」への密着取材なんて、半ば行楽気分だった。


それなのに、俺は何故かこの一眼レフを持ってきていた。
行楽気分で軽い気持ちで来た取材に、何故俺はこんなカメラを持って来たんだろうか。


何故だろうか。
何故だろうか。

だけど、俺にはなんとなくわかっていた。
家を出る朝、当たり前のようにこの旧式の、埃かぶって放置されていた一眼レフに手を伸ばした理由を、俺はなんとなくわかっていた。――――――そしてそれが、俺がこの「みらい」にいる理由だと感じていた。











200X年、撮影者不明の一枚の写真がタイムズ紙を賑わせる事になる。
――――――旧日本海軍の軍服を着、肩を組んで笑っている乗員たちのカラー写真だった。



作品名:軌跡 作家名:山田