外の世界
外の世界
寒い。
気温がでなく、視線が。
俺の横に座る厳しくとも優しく、温かい先輩からの視線が、大変寒い。
原因は俺にあるんだからしょうがないんだけど。
でもそろそろ凍えそうです、飛鳥さん。
「あの、飛鳥さん……」
「どうした? 鬼丸」
対応がいつも通りなのが余計に怖いです。
でも正直、俺の何がいけなかったのが分かりません。
俺の「英語の試験受けたくない」発言から機嫌が急降下したので、それが原因だろうと云うのが辛うじて理解できるだけ。
もっと他に手掛かりが欲しいけど、頭の出来で及ばないからこそ、こうして飛鳥さんの部屋にお邪魔してテスト前に勉強みてもらえる身としては、飛鳥さんにそれとなく探りを入れるなんて高等テク使えっこないワケで。
(ちなみに今は数学を教えてもらっているが、正直気になりすぎて問題解くどころじゃない。手の中でシャーペンが温まる一方だ。)
要するに、真っ正面から中央突破掛けるしかない。
……ピッチの上でみたいに、軽く往なされて次の手を奪われませんように。
出来ればカウンターも食らいたくないです。……いざ、勝負。
「俺、飛鳥さんが眉間に皺寄せてるままなの、嫌です。
俺が良くない事言ったのが理由だと思いますから謝りたいけど、俺の言葉の何が悪かったのか、考えたけど分かりませんでした。
……多分怒らせた原因を本人に訊くってすっげー失礼な事だと思いますけど、飛鳥さんとこのまま気まずくなりたくない、です」
「…………そのバカ正直なくらい勇敢なところが、お前の良いところだと思ってるから、構わないがな。
ただ誤解があるようだから謝罪しておくが、別にお前に怒ってるわけじゃない。
ちょっと寂しかったのと、自分の余裕の無さに少し、呆れただけだ」
「寂しかった……ですか? え、っと……どこが」
『英語の試験受けたくない』発言のどこに、飛鳥さんが寂しがる要素があるのだろう。
どうにも繋がる気がしなくて心底疑問で、思わずおうむ返しに訊いてしまう。
そうして首を傾げる俺の耳に飛び込んできたのは、目が点になるような言葉だった。
「英語やりたくないってことは語学は嫌いなのかな、と思ってな。
お前も世代別には定着してきたし、このままA代表に入れる頃になったらゆくゆくは二人で欧州のクラブチームに移籍して、向こうで生活するのも良いな、なんて考えてたから、少し残念になったんだ。
でもお前が日本から出る気がないなら、それはそれでお前の選択だし、そもそも俺の計画に断りなくお前を組み込んでた事自体が――」
「ちょっ、飛鳥さん何スかそれ、初耳ですよ!?」
なんだそれ、なんだそれ!
飛鳥さんがそこまで俺を買ってくれてた事も、そんな早い内から海外に行く気だって事も、ましてや俺を連れて行く気だって事も――それどころか、
「今は、恋人で居てくれるけど……卒業したら流石に無理だろうな、って思って、ました……
飛鳥さん今の時点で既に人気あるし、きっとプロ入ったらすぐに追っかけも付くし……
それで俺との事バレたらスキャンダルになるから、きっと卒業と同時に別れるんだろうな、って……」
なのに。
その先の飛鳥さんの人生に、俺を組み込んでいてくれてたんですか。
一年遅れで卒業して、追い掛けて、それでまた貴方の隣に居て良いんですか。
飛鳥さんは、俺のために、リスクも顧みずに居場所空けていてくれるんですか。
貴方の気持ちを信じてなかった、こんな俺を?
「お前、俺がおとなしく別れてやると思ってたのか」
ふくり、飛鳥さんの口角が上がる。
あーでも、ヤバい、俺もだ。嬉しくて、表情筋が自分で動かせない。
喉を灼く熱さは目頭まで上がっていて、自然と緩む頬に水が筋を描くまであと一息。
「俺っ、がんばります、から」
「うん?」
「英語でもスペイン語でもドイツ語でも、何でもやりますからっ、だから……、」
「……あぁ。二人で一緒に、勉強するか? こうして、今みたいに」
「はい!」
だから、どうか。貴方の人生に、俺を組み込んで。そのままでいて。
「一年間離れるけど、すぐに追いかけてくるんだろ?」
「はい!」
「俺も立ち止まってる暇はないから、待っててはやれないけど」
「大丈夫です!」
「卒業したら、覚悟しとけよ」
「はい! ……覚悟?」
何の? と言葉にする前に、あの日――俺が飛鳥さんを大好きになった日――と同じ笑みを湛えて、飛鳥さんの声が響いた。
「俺のいるチームに引っ張るつもりだから。そのつもりでいろよ」
「……卒業してもまた飛鳥さんを『先輩』って呼べるってことですか?」
「そのつもり、だ。俺は、これから先もお前と同じユニフォームがいい。
サムライブルーはもちろん、クラブチームだって、お前と同じユニフォームが良い。
……お前が、俺と戦うためにピッチに立ちたいなら、考える余地は一応あるが」
「と、とんでもないです! 俺だって飛鳥さんと同じユニフォームが良いです!」
だって、葉蔭で出会ったんだから。
出会った時から同じユニフォームなんだから。
世代別代表にも選ばれて、そりゃ飛鳥さんはU-19で俺はU-16だから、まだ立つピッチは違うけど、それでも同じサムライブルー。
それが、飛鳥さんが着てるのと同じユニフォームを着れたのが、何より嬉しかったなんて、まるでガキみたいで口にしたことはなかったけど。
この人と別のユニフォームを着てる自分が、いまいち想像がつかなくて。
や、飛鳥さんが卒業してからの一年間は普通にあることなんだけどな。
でもさ、飛鳥さんがそう思ってくれてるなら、それは。それって。
「すっげー、嬉しい、です……!」
「……決まりだな。その代わり、今より上手くなってないと認めないからな」
「勿論っす!」
恋人として扱われることも嬉しいけど、後輩としてでも嬉しい。
一人の人間として認められたいけど、一選手として認められたいのが大前提。
選手として実力を認められないんじゃ、この人と同じピッチに立てないから。
同じピッチに立てないってことは、この人と生きる場所が変わってしまうってこと。
そうならないために、今よりも、今の飛鳥さんよりも上手くなって卒業して。
俺をチームに引き込んだ飛鳥さんの顔が立つくらいに、きっと活躍してやる。
――それにしても、凄いカウンター食らった気がする。
怒られるとばかり思ってたのに、謝ろうと思ってたのに。
まさか、飛鳥さんから思いもよらない告白……つーかもうこれプロポーズ?
……うわぁあぁぁ、冷静に考えたら、すげぇ。
カウンターどころじゃない。何これキックオフゴール並の驚愕。
ホント、こんな見た目も中身もプレーも男前な人が、俺の恋人なんだ。すげぇ。
嬉しいんだか気恥ずかしいんだか感情の水位がとにかく増して、身を乗り出してこてんっ、と凭れかかる。
くしくし、ってこめかみの辺りを肩に擦り寄せると、くすぐったい、と小さく肩が笑った。
やっといて何だけど、すっげー甘えた動作だなコレ。
「鬼丸?」
「飛鳥さん、大好きです」
「あぁ。俺も、好きだよ」
「二人で、外の世界、出ましょうね。サッカーのためにも、二人で一緒に暮らすためにも」
「うん」
寒い。
気温がでなく、視線が。
俺の横に座る厳しくとも優しく、温かい先輩からの視線が、大変寒い。
原因は俺にあるんだからしょうがないんだけど。
でもそろそろ凍えそうです、飛鳥さん。
「あの、飛鳥さん……」
「どうした? 鬼丸」
対応がいつも通りなのが余計に怖いです。
でも正直、俺の何がいけなかったのが分かりません。
俺の「英語の試験受けたくない」発言から機嫌が急降下したので、それが原因だろうと云うのが辛うじて理解できるだけ。
もっと他に手掛かりが欲しいけど、頭の出来で及ばないからこそ、こうして飛鳥さんの部屋にお邪魔してテスト前に勉強みてもらえる身としては、飛鳥さんにそれとなく探りを入れるなんて高等テク使えっこないワケで。
(ちなみに今は数学を教えてもらっているが、正直気になりすぎて問題解くどころじゃない。手の中でシャーペンが温まる一方だ。)
要するに、真っ正面から中央突破掛けるしかない。
……ピッチの上でみたいに、軽く往なされて次の手を奪われませんように。
出来ればカウンターも食らいたくないです。……いざ、勝負。
「俺、飛鳥さんが眉間に皺寄せてるままなの、嫌です。
俺が良くない事言ったのが理由だと思いますから謝りたいけど、俺の言葉の何が悪かったのか、考えたけど分かりませんでした。
……多分怒らせた原因を本人に訊くってすっげー失礼な事だと思いますけど、飛鳥さんとこのまま気まずくなりたくない、です」
「…………そのバカ正直なくらい勇敢なところが、お前の良いところだと思ってるから、構わないがな。
ただ誤解があるようだから謝罪しておくが、別にお前に怒ってるわけじゃない。
ちょっと寂しかったのと、自分の余裕の無さに少し、呆れただけだ」
「寂しかった……ですか? え、っと……どこが」
『英語の試験受けたくない』発言のどこに、飛鳥さんが寂しがる要素があるのだろう。
どうにも繋がる気がしなくて心底疑問で、思わずおうむ返しに訊いてしまう。
そうして首を傾げる俺の耳に飛び込んできたのは、目が点になるような言葉だった。
「英語やりたくないってことは語学は嫌いなのかな、と思ってな。
お前も世代別には定着してきたし、このままA代表に入れる頃になったらゆくゆくは二人で欧州のクラブチームに移籍して、向こうで生活するのも良いな、なんて考えてたから、少し残念になったんだ。
でもお前が日本から出る気がないなら、それはそれでお前の選択だし、そもそも俺の計画に断りなくお前を組み込んでた事自体が――」
「ちょっ、飛鳥さん何スかそれ、初耳ですよ!?」
なんだそれ、なんだそれ!
飛鳥さんがそこまで俺を買ってくれてた事も、そんな早い内から海外に行く気だって事も、ましてや俺を連れて行く気だって事も――それどころか、
「今は、恋人で居てくれるけど……卒業したら流石に無理だろうな、って思って、ました……
飛鳥さん今の時点で既に人気あるし、きっとプロ入ったらすぐに追っかけも付くし……
それで俺との事バレたらスキャンダルになるから、きっと卒業と同時に別れるんだろうな、って……」
なのに。
その先の飛鳥さんの人生に、俺を組み込んでいてくれてたんですか。
一年遅れで卒業して、追い掛けて、それでまた貴方の隣に居て良いんですか。
飛鳥さんは、俺のために、リスクも顧みずに居場所空けていてくれるんですか。
貴方の気持ちを信じてなかった、こんな俺を?
「お前、俺がおとなしく別れてやると思ってたのか」
ふくり、飛鳥さんの口角が上がる。
あーでも、ヤバい、俺もだ。嬉しくて、表情筋が自分で動かせない。
喉を灼く熱さは目頭まで上がっていて、自然と緩む頬に水が筋を描くまであと一息。
「俺っ、がんばります、から」
「うん?」
「英語でもスペイン語でもドイツ語でも、何でもやりますからっ、だから……、」
「……あぁ。二人で一緒に、勉強するか? こうして、今みたいに」
「はい!」
だから、どうか。貴方の人生に、俺を組み込んで。そのままでいて。
「一年間離れるけど、すぐに追いかけてくるんだろ?」
「はい!」
「俺も立ち止まってる暇はないから、待っててはやれないけど」
「大丈夫です!」
「卒業したら、覚悟しとけよ」
「はい! ……覚悟?」
何の? と言葉にする前に、あの日――俺が飛鳥さんを大好きになった日――と同じ笑みを湛えて、飛鳥さんの声が響いた。
「俺のいるチームに引っ張るつもりだから。そのつもりでいろよ」
「……卒業してもまた飛鳥さんを『先輩』って呼べるってことですか?」
「そのつもり、だ。俺は、これから先もお前と同じユニフォームがいい。
サムライブルーはもちろん、クラブチームだって、お前と同じユニフォームが良い。
……お前が、俺と戦うためにピッチに立ちたいなら、考える余地は一応あるが」
「と、とんでもないです! 俺だって飛鳥さんと同じユニフォームが良いです!」
だって、葉蔭で出会ったんだから。
出会った時から同じユニフォームなんだから。
世代別代表にも選ばれて、そりゃ飛鳥さんはU-19で俺はU-16だから、まだ立つピッチは違うけど、それでも同じサムライブルー。
それが、飛鳥さんが着てるのと同じユニフォームを着れたのが、何より嬉しかったなんて、まるでガキみたいで口にしたことはなかったけど。
この人と別のユニフォームを着てる自分が、いまいち想像がつかなくて。
や、飛鳥さんが卒業してからの一年間は普通にあることなんだけどな。
でもさ、飛鳥さんがそう思ってくれてるなら、それは。それって。
「すっげー、嬉しい、です……!」
「……決まりだな。その代わり、今より上手くなってないと認めないからな」
「勿論っす!」
恋人として扱われることも嬉しいけど、後輩としてでも嬉しい。
一人の人間として認められたいけど、一選手として認められたいのが大前提。
選手として実力を認められないんじゃ、この人と同じピッチに立てないから。
同じピッチに立てないってことは、この人と生きる場所が変わってしまうってこと。
そうならないために、今よりも、今の飛鳥さんよりも上手くなって卒業して。
俺をチームに引き込んだ飛鳥さんの顔が立つくらいに、きっと活躍してやる。
――それにしても、凄いカウンター食らった気がする。
怒られるとばかり思ってたのに、謝ろうと思ってたのに。
まさか、飛鳥さんから思いもよらない告白……つーかもうこれプロポーズ?
……うわぁあぁぁ、冷静に考えたら、すげぇ。
カウンターどころじゃない。何これキックオフゴール並の驚愕。
ホント、こんな見た目も中身もプレーも男前な人が、俺の恋人なんだ。すげぇ。
嬉しいんだか気恥ずかしいんだか感情の水位がとにかく増して、身を乗り出してこてんっ、と凭れかかる。
くしくし、ってこめかみの辺りを肩に擦り寄せると、くすぐったい、と小さく肩が笑った。
やっといて何だけど、すっげー甘えた動作だなコレ。
「鬼丸?」
「飛鳥さん、大好きです」
「あぁ。俺も、好きだよ」
「二人で、外の世界、出ましょうね。サッカーのためにも、二人で一緒に暮らすためにも」
「うん」