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実りの春

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それは、ある春の日のことだった。

暖かい日差しが降り注ぐこの日、チハたち陸組は秋の収穫に向けて畑作業をしていた。何も戦争だけが仕事なわけではない。腹が減っては戦は出来ぬというように、食べ物が無ければ勝てる戦争にも勝てなくなる。そんなことがあってはいけないし、一手間かけることで美味しい白米が食べられるという理由からである。
何だかんだでノリノリで作業をしていた陸組だが、息抜きとして煙草を吸っていると思わぬ来訪者が現れた。その姿を確認した時、ケイがため息を吐いたことでお分かりだろうが。

「ケイー!君に会いたくて遊びに来たよー!!」
「…ホント、迷惑とか考えないよね」

いつものように抱きついてくるシャーマンを適当にあしらいながら、現場の指揮官であるシキに目線をやった。追い返してくれるだろうという微かな希望は、ものの数秒で打ち消されてしまうのだが。

「おや、ちょうど良い。戦力不足だったところですので、手伝っていただきますよ」

その後なら、いくらケイに引っ付いてもらっても構いませんので。
その一言がシャーマンをやる気にさせ、ケイのやる気を削ぎ落とした。元々そんなにやる気ではなかったのだ、最早ゼロと言っても過言ではない。
反対するチハや隼を尻目に、シキは淡々と作業内容を説明した。当然ながら、これまで彼らがやっていた作業よりも遥かに面倒で大変な内容である。
しかしケイといちゃいちゃしたいばっかりのシャーマンにとっては、そんなこと苦はにはならなかった。寧ろ肉体労働ばかりだったため、良い運動になると喜ぶ始末である。
それを見遣ったシキはケイにシャーマンの応援を言い渡し(公認のサボりである)、チハや隼には先程までよりも幾分か楽な作業を言い渡した。それでもチハは最後までごねていたが、シキの「戦力不足」に凹んで何も言わなくなった。

「ケイ!見てくれ、こっちのウネは耕し終わったんだよ!」
「あー、ハイハイ。早いね」
「ケイがいてくれるからね!」

ハートマークが飛びそうなシャーマンに対し、ケイは至極面倒臭そうに返事を返す。それでも十分なのか気にしていないのか、シャーマンはケイの返事をもらう毎に張り切っていった。それを見ていたシキは、今度からの面倒な作業にはシャーマンを呼ぼうかと考えていたとかいなかったとか。
かなりあったはずの分担もいち早く終わらせたシャーマンは、ケイに言われてシキに報告をしに行った。すると最初の約束通りケイと一緒にいても良いという許可を得たので、とんぼ返りでケイが座っている日陰へ走る。それをケイは相変わらず面倒臭そうな表情で迎えた。

「ただいま、ケイ!オレと話をしようよ」
「何の話するワケ?」
「んー、そうだな……」

どうでも良さそうに話すケイだが、シャーマンはたった一つの話題すら真剣に考えて話そうとする。話題が決まらないのか、あーだの、うーだのと唸っているシャーマンを見遣るケイの視線は、どこか優しいものだった。

「話、決まんないなら俺からでイイ?」
「ケイからかい?勿論だよ!」

何故自分から話そうとしたのか分からない。シャーマンを見ていたら、いつの間にか声に出していたのだ。
少し間を空けた後にケイが口にした疑問は、日ごろから思っていたことだった。

「あのサ、俺のどこがイイの。女っぽいだけなら他にもいるじゃない、海軍の大和とかさァ」

なんで自分にこんなに入れ込んでいるのか。これがケイには一番分からなかった。
面倒だとは思っているが、正直言って嫌いなわけではない。近いからと引き離したりもするが、近いのが嫌なわけではない。
だからこそ、何故シャーマンは自分を好きだと言うのか、ましてや何処を好きになったのか。これが知りたかったのだ。
するとシャーマンはにっこりと笑って、こう返した。

「女っぽいとか、そんなのは関係ないよ。俺はケイだから好きになったんだ、ケイじゃなきゃ嫌なんだよ。
どこが、なんて言えない。挙げればキリがないくらい、ケイのことが好きなんだ」

ニコニコという効果音がつきそうな笑顔でこう言われて、照れない人間がいるのだろうか。面と向かって、手を握られて、しかも周りには自分の仲間がいるのに。
ケイは柄にもなく、顔を赤らめた。そして握られたままの手を乱暴に振り払って、「バカじゃないの」と呟いた。それは至近距離にいたシャーマンに聞こえないはずもなく、シャーマンは変わらずの笑顔でケイを抱きしめる。ケイが振り払おうとするも、体格や力で上回るシャーマンはびくともしない。諦めて、それでも赤く染まった顔は腕で隠しながらケイはシャーマンの腕に納まった。

「返事は、いつでも良いよ。ケイが言いたくなってくれるまで、オレは待ってるから」
「……もう、分かってるクセに」

小さく呟いて、二人はそのままチハたちの作業が終わるのを待った。
涼しい木陰だからか段々と睡魔が襲ってくるなかで、シャーマンが寝たのを確認してからケイは誰にも聞かれないように囁いた。

「俺も、お前のコト、スキみたい」

ゆっくりと閉じていく瞼に抗うこともなく、ケイはシャーマンの腕に抱かれて眠りについた。それを見た作業後のチハが叫び、彼らを起こしてしまうのはそれから30分後のこと。




実りの秋っていうけれど、実は春だったりして。
(兄者ああああああああああ!!!!!!うわあああああああん!!!!!!!)
(うるさいですよ、チハ)
(そうそう、もう諦めろって。くっついちまったモンを引き離すのも、野暮ってモンだろ?)
作品名:実りの春 作家名:壱斗