魂よりの懇願
頭の中で繰り返し再生されるのは、先ほどの駅前で行われたデュエル。ナンバーズという未知のカードを操る自分、そして相手。速攻魔法とのコンボで上がった攻撃力。なすすべもなかった自分。そして、地面に倒れ這い蹲る自分。
負けたのだ。デュエルで。年下に、しかも伏せカードを罠だと口に出すような素人に、負けたのだ。
悔しいという気持ちよりも、絶望が頭の中を支配した。
脳裏に広がるのは、全国大会の決勝戦の光景。相手のデッキを盗み見た。それが不正だと分かっていたのに。当然のように失格になり、大会出場資格を剥奪された。デュエルの世界ではそれなりに名の通った決闘者であったのが仇になり、それからは学校でも、行き着けのカードショップでも、どこに行っても誰からも相手にされなくなった。デュエルができなくなった。運よく転校して、新しい土地で、ようやくデュエルが出来ると思ったのに。その間にすっかり荒んでしまった自分の心は、正しい方法でデュエルをすることができなくなっていた。お世辞でもマナーが良いとは言えないやつらとつるんでデッキをかけたデュエルをして。他人の大切なものをたくさん奪って傷つけて。その結果がこれだ。俺はここまで落ちぶれてしまったのか。
投げ出していた指先が、腰につけたデッキケースに触れる。小さな頃からずっと慣れ親しんでいたデッキ。カード。こいつらにもきっともう見放されてしまったのかもしれない。俺はまともなデュエルなんてもうずっとしていないのだから。
デュエルをやめよう。そう思った。自分への罰とかそんな殊勝なもんじゃない。初心者に負けた俺にはいよいよデュエルの場などなくなってしまったのだから。いつも俺についてきた取り巻きたちにも見放されてしまっただろう。俺はひとりなんだ。居場所なんてどこにもない。デュエルはひとりじゃできない。相手がいなくちゃできない。
デッキケースをベルトから外す。ぱちんと蓋がはじける。止め具が緩んでいたのだろうか、カードがベッドの上に散らばった。俺のつくったデッキ。初心者相手にすら勝てなかった。
「ナンバーズ……」
呟いて、エクストラデッキを確認する。やはりあのときいつのまにか俺の手に出現していたモンスター・エクシーズはそこにはなかった。あるのは俺がもともと入れていたモンスター・エクシーズのみ。あの初心者デュエリストもナンバーズを持っていた。今度戦うとしたら、どう攻略すればいいだろうか。ナンバーズはナンバーズでしか戦闘破壊できない。そうあのカードには書いてあった。ならば、どうする。身体が起き上がる。ベッドサイドのランプのスイッチに手が伸びる。ぼうと小さな明かりが灯る。カードファイルに、ストレージに、手が伸びる。ベッドから手が届くところにあるそれらが置かれた棚には、今まで対戦相手から奪ったデッキがきっちり並べられていた。もうデュエルをやめるんだ、持ってても仕方ないからあれも返しにいかなくちゃな。さあ、ナンバーズ攻略だ。戦闘破壊ができない永続効果。ならば効果を無効にするか、効果破壊を狙えばいい。幸い俺のエースは効果を無効にすることができる。白いシーツの上に映える黒枠のカードが置かれる。ブラック・レイ・ランサー。だがこいつの攻撃力はあいつのナンバーズ、希望皇ホープに負けている。ならばどうする。攻撃力を下げてやればいい。キラー・ラブカ。ハリマンボウ。どちらかの効果を発動することができればそのままブラック・レイ・ランサーに繋げて戦闘破壊が出来る。シャクトパスの効果を使ってもいい。理想は手札にハリマンボウとシャーク・サッカー。ホープが出されたときにその二体でブラック・レイ・ランサーをエクシーズ召喚すればそのまま勝てる。これだ。あとはブラック・レイ・ランサーの召喚をサポートするようなカードを多く入れて……
カードをいじる手をぴたりと止める。
俺は何をしているんだ。
デュエルをやめるって決めたじゃないか。
こんなことしたって、誰が俺とデュエルをしてくれるんだ。
あの初心者にだって俺はイヤなことばかりした。その上俺はただの負け犬だ。相手にしてくれないに違いない。
俺にはデュエルをする相手なんていないんだ。
俺には居場所がないんだ。
でも。でも。
カードが散らばったベッドの上に両手をつく。ぎゅっとシーツを握りしめる。しわくちゃになるのもかまわず。
でも、俺の頭の中はデュエルのことでいっぱいなんだ。
早くあいつと再戦して、あのモンスターを倒して見せたいんだ。
ああ、俺はこんなにもデュエルが好きなのに。大好きなのに。
デュエルがしたいのに。
ぽたぽたと水滴が落ちていく。落ちたそれはシーツに染み込んでいく。どこから落ちているのだろう。雨漏りなんてしただろうか。そもそも窓の外では雨が降っている音さえしていないのに。
デュエルが、したい。
デュエルが、したいんだ。