Hero-ヒーロー-
3章 失礼なヤツ
「とにかくだな、貴様は自分の姿を鏡で見ろ!かなりひどいぞ。太りすぎだ」
「マルフォイだって、身なりをちゃんとしろよ。何だよ、ヨレヨレの格好をして。むかしはそんなシワまみれのシャツなんか絶対着てなかったくせに」
その言葉に血色の悪かったドラコのほほが紅潮する。
「うるさい。下手で悪かったな」
手をブルブルと震わせて、ぎこちなくそっぽを向いた。
加齢からくる手の震えだけではなく、明らかにドラコは怒っていた。
しかしそれだけではないような、変な苛立ちを感じる。
「屋敷しもべにやらせれば、すぐに洗濯もアイロンがけもしてくれるじゃないか」
「暇を出してやったから、いるわけない」
「暇を出したって、君がか?生粋の坊ちゃん育ちの君がマトモに、自分の身の回りの世話なんかできないくせに」
「屋敷しもべはヘマをするヤツばかりで使えないから、全員クビにしてやったんだ」
「クビにしたのか?本当に一人残らずに?」
「ああ、そうだ。どいつもこいつも、みんな使えないヤツばかりだったからな」
腕を組み、ドラコはそっぽを向く。
ハリーはずっと相手をにらみつけていた視線を少し左に移して、少しやぶにらみが入った目をすがめて部屋を見回した。
(……近頃、老眼と近視と乱視がひどくなったからな)
ぼんやりと滲んだようにしか写らないけれど、見回したこの家は狭いなと思った。
ここはごちゃごちゃとした下町でも、かなり下層の者しか住まないスラム街だ。
この地域ではドラコの家が、取り立てて狭い訳ではない。
バラックを寄せ集めたような倒れそうな家ばかりで、きっと隣の家を覗いたとしてもここと同じような作りだと思う。
ドアを開けると玄関ホールという洒落たものなどなく、いきなり居間と台所がいっしょになった、生活が丸見えの居間に上がりこむことになる。
あとはさっき世話になったトイレ兼洗面所と、奥に寝る部屋がもうひとつあって、それがこの家の全部なのかもしれない。
(――しかし)とハリーは思う。
単純な疑問が頭に浮かび、思わずそれが口から出た。
「なんでここに住んでいるの、マルフォイは?」
相手の肩がガクッと下がる。
「……な、なんでって。ここに居るから、ここに住んでいるんだ」
(貴様はバカか)という瞳で見返してきた。
「あー、だから、そういう意味じゃないって。なんて言ったらいいのかな……。ええっと、こういう場合は。――ああ、そうだ!」
ポンと膝を叩いた。そして今度は大きな口を開けて、問いかけてくる。
「な・ん・でー、こ・こ・にー、住・ん・でー、い・る・か・だよ?」
今度はかなりの大声で、しかもバカ丁寧なほど一言一言を区切って尋ねてきた。
「いい加減にしろ!」
ダンとドラコは足を踏み鳴らす。
「いちいち言葉を区切って言うな!そんなにゆっくり言わなくても、わたしの耳が遠い訳ないだろ。失敬な!」
ボサボサの白髪を振り、ドラコは怒った。
「貴様が何を言いたいのか、さっぱり分からん。昔からクィディッチばかりして、勉強がからっきしだったから、その年になっても物事を論理立てて話すこともできないのか、まったく――」
腕組みしている指先がトントンと神経質に自分の腕をたたき、眉間にシワが寄る。
そうすると本当にドラコは偏屈で気難しい、ヨボヨボのじいさんにしか見えなかった。
またハリーは首を傾げる。
あまりにも、相手のなにかに違和感を感じるからだ。
(これがあの大悪党と魔法界を震撼させたドラコ・マルフォイなのだろうか?)
(―――本当に?)
自分だって相手と同じぶんだけ年を取ったし、背中も曲がったし、物忘れはひどくなったし、太ったし、ハゲたし、体力だって落ちまくりの80歳だ。
対するドラコだって、同じような年の取り方をしている。
ただ相手は太る代わりに、ガリガリに痩せているだけだ。
それ以外はお互い、シワシワのヨボヨボのじーさんだ。
しかし、久方ぶりに再会をした相手の姿を見て、なんだか座りの悪さを感じてしまう。
「なんていうのか……、君は変わったよね、マルフォイ」
「それは20年もたったからな。シワも増えたし、腰は曲がったし、白髪になったもの仕方がないだろ。しかし、そんなことを太って不恰好な体型のお前に、指摘される筋合いはない」
(自分のほうがまだマシだ)と言わんばかりの、優越感に満ちた瞳で見返してくる。
その相手を見下した目つきは、ホグワーツの頃から今までずっと変わらないものだ。
嫌味ったらしい口調、尊大な態度、貴族らしい高慢さ、純血主義者で、差別と選民意識の固まりが、ドラコそのものだと言ってもいい。
だからそのギャップに頭を傾げた。
「君はもっと昔は身なりに気をつけていたじゃないか。今から戦おうというのに、なんだか黒のスーツを着てきたりしてさ。襟にファーの付いたローブを着ていたり、豹柄の毛皮を羽織ったり、やたらカッコつけて、目立って、気障で、どうしようもなかった」
「ああ、そうだとも。しかし、どんな格好をしても、実際よく似合っていただろ、わたしは?あの服はみんなオーダーメードだったんだ」
むむむ……とハリーがうなる。
「ホントさー、君は金にものを言わせて、正義のヒーローの僕をくすませるほど、悪目立ちをしていたことは確かだよ。上品なんだか、下品なんだか……」
「しかも格好だけじゃなかった」
優越感に満ち満ちて、ドラコは言葉を投げてくる。
「まあね。悔しいけど確かに強かったよ、君は。十分に僕とやり合っていたし。この魔法界で一番と言われる僕と同じくらい、君も強かった。そうして、今の今まで逃げおおせたのも君しかいない。本当に悪運が強いな、マルフォイ」
「まあな」とニヤリとドラコが笑う、シワまみれの顔で。
「だからだよ。僕が言いたかったのは、だからなんでそんな見栄っ張りの君が、今じゃあこんなボロっちい家に住んでるの?」
しょぼい部屋全体をこれ見よがしにグルリと見回して、さらに相手のシワまみれのシャツや、折り目が歪んだままのパンツをしげしげと見詰めて、ふぅとため息をつく。
「昔の君は見てくれだけなら、ものすごくよかったのに、今じゃあそれすら気を使っていない。放棄したのか?身だしなみも、家もガタガタに見えるんだけど――」
そう改まって尋ねられて、ドラコは愕然となる。
「なんでって……。それも分からないのか?」
大げさに首を振り、これみよがしのため息をついた。
「ポッター、貴様がマルフォイ家を潰し、デスイーターのアジトを壊滅させ、わたしが住んでいた城を壊し、邸宅を壊し、何もかもをことごとく潰してきた、貴様がそれを問うのか?」
「だって悪党の巣窟だろ。徹底的に壊さなきゃ、この世界が危ないじゃないか。平和が乱れる」
しごく当然のように、ハリーは答えた。
「――悪党だってな、ボランティアでしているんじゃないぞ。金が縦横無尽にあるわけがない。膨大だった遺産だって、限りがあるんだ」
ドラコはギロリと相手をにらんだ。
「ああなるほど!お金を使いすぎて貧乏になったのか!」
一瞬でドラコの顔が、怒りで真っ赤になった。
「――帰れ!貴様なんか、とっとと消えうせろ!」
作品名:Hero-ヒーロー- 作家名:sabure