Meaning of the Word.
不運にも臨也に遭遇してしまった静雄は眉間にシワを寄せた。
一触即発。喧嘩勃発。そんな言葉が辺りを漂う。
しかし、臨也がナイフを向けてくることはなく、「ならばこちらから」と静雄が近くにあった標識を掴んだ時だった。
「ねぇ、シズちゃん?」
「んぁ?」
「 」
その言葉にポカンとしている静雄を見て臨也は「シズちゃんは学がないなぁ」と笑った。
【Meaning of the Word】
あの夜、それ以上のことは何も起こらなかった。
静雄が標識を引っこ抜いて振り回すことも、臨也が静雄をからかうこともなかった。
2日経ったが、いくら考えても臨也が言っていた言葉の意味がわからない。
本人に答えを聞くのが手っ取り早いのだろうが、臨也が教えてくれるはずもないだろうし
何よりそんなことは静雄の自尊心が許さない。
昼休憩に池袋を歩く静雄の眉間のシワは深くなるばかりだ。
そこに猫耳ライダー…いや、生きる都市伝説「首なしライダー」こと、セルティ・ストゥルルソンが現れた。
『何か悩み事でもあるのか?』
彼女のスラっと伸びた指が軽やかにPDAのキーを叩く。
「あー、いや…。一昨日、臨也のやろうに会って、わけわかんねぇこと言うんだよ」
『臨也?』
「月がどうのこうのって…。でも、ここ一週間ずっと曇りで月どころか星すら出てねぇのに。ついに頭がおかしくなったのか…」
確かにここ数日は雨が時折降るような天候で、太陽も月も雲に隠れたままだった。
『すまないな。私にもわからない。帰ったら新羅に聞いてみるよ』
「おう」
結局、セルティにもわからなかった。
「…勉強…しとけばよかったか…」
ポツリと呟いた。
自分があまり頭がいいほうでないことは昔から知っていた。
今更ながら臨也に「学がない」と指摘され、その事実が今自分をイライラさせている。
「というか、なんで俺がノミ虫野郎のことで悩んでんだよ…あぁ…ウゼェ…」
路地裏のゴミ箱を蹴飛ばすと激しい音を立てて転がった。
気分を切り替え仕事に向かおうと振り返ると
そこには全身黒を纏った眉目秀麗が道を塞いでいた。
「はーい、シズちゃん?なにぶつぶつ独り言言ってんの?」
「臨也……誰が俺の前に姿を現していいっていった…」
「あれー?シズちゃんの前に現れるのに許可がいるの?俺は誰にその許可を取ればいいわけ?ねぇ?」
わざとらしく困った表情を見せる臨也に静雄は固く拳を握った。
「…ウゼェ…!!」
「それよりさー。この前のアレ、意味分かった?お馬鹿な静雄くん」
「!!」
「シズちゃんは数学とか、物理とか、ってか国語ですら単位危なかったもんねー。君が俺に勝てる教科なんてせいぜい体育くらい…。
まぁ俺はサボりだったわけだけど」
つらつら楽しそうに話す臨也に対し、静雄の方は爆発寸前だった。
「ノミ虫野郎…こ」
『殺す』と続けようとする静雄を「でもね」と臨也の言葉が遮る。
「今日の俺はとっても機嫌がいい。それに、そろそろ思い知ってもらわないと困るんだよね…。
だから、今日は特別に教えてあげる」
そう言い終わると持ち前の瞬発力で静雄の懐に入り
一瞬にやりと微笑む。
「!!いざっ…」
いきなり縮まった間合いに驚き思わず体を引くも、臨也の細い腕が静雄の胸ぐらを掴んでいた。
「シズちゃん…」
静雄の鼓膜に確かに響いた音。
今までに聞いたことのない臨也の声。
微かに震える、小さな小さな声。
それはまるで、助けを求めるような、すがるような。
愛しい人の名を呼ぶような…。
ぐいっと前に引っ張られる感覚と同時に唇の感じる柔らかさ。
臨也の前髪からする香水の匂いが静雄の鼻孔をくすぐる。
その心地良さに驚きで見開いていた目を静かに閉じた。
「ねぇ、シズちゃん」
唇を離すと臨也はあの夜と同じ言葉を呟いた。
それはそれは愛しそうに。
『月が、綺麗ですね』
作品名:Meaning of the Word. 作家名:たかせ 湊