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龍吉@プロフご一読下さい
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月に負け犬

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どんなに激しく吠え立てても、月は降ってきやしない。
それでも届きたいと願うから。



月に負け犬



はじめは、その危うさを放っておけないのだと思った。
薄い飴細工のように、触れれば切れるが容易く砕けるような、そんな面影を見た気がした。
「おい、公孫勝」
声をかけると、白い顔がこちらを向く。いつもの、無表情だ。
「またうちの部下を誑かしに来ているんだろう。迷惑だ、よそへ行け」
「ついて来るか否かは、そいつ自身が決めることだ。私は、強制しない。お前が捨てられたとしても、それは私のせいではなくお前が上に立つ人間として不相応なだけだ。暇人は暇人らしく、馬糞掃除でもしていろ」
分かってはいたが、一言の文句に対して倍近い皮肉が返って来た。よくもこれだけの罵詈雑言がつらつらと出てくるものだ。林冲は内心、呆れ半分で感心する。溜め息が白い。そろそろ、雪が降り始めそうな季節だ。
「……ないな」
ぽつりと公孫勝が呟いたのが聞こえた。
「何だと?」
「お前なんかが変装して町中をうろついては、目立って仕方ない」
「薄っ気味悪いことを言うな。そもそも、変装などする宛もない」
「致死軍に入れば、そうも言っていられないがな」
「俺を致死軍に誘っているのか?公孫勝」
冷やかすような口調で聞いた。落ち込んで見える公孫勝でも、きっと冷笑で返してくると思ったからだ。
しかし、公孫勝はその無表情を陰らせて一言
「そうかもな」
とだけ返した。
「どうした、お前らしくもないな」
公孫勝は溜め息を一つ吐いて、しかし言葉を続けなかった。公孫勝の吐く息は、白くない。
練兵場には、ちらほらと何人かが残っているだけだ。閑散とした練兵場は、嫌いじゃない。こんな人気のない練兵場に、公孫勝が用があるとは思えない。
こいつは、何故ここにいるのだろう。
目を落とすと、白く小さな拳が見えた。指がもじもじと動いている。寒いのだろう。
手を延ばし、拳を握り締める。冷たくて、小さな拳だ。
「何する」
公孫勝が手を振りほどこうとする。
「いいから」
親指を握らせるように手を包み込む。
「不安だったり、怖かったり、心細い時に指先は冷えるんだ」
「ただの冷え症だ」
「お前のこととは言ってない」
ぎろ、と視線が頬を焼くのが分かったが、振り向かなかった。
「暖める方法はある」
「何だ」
「不安や畏怖の原因を取り除いてやればいい」
公孫勝が微かに俯く。
「公孫勝」
「何だ」
公孫勝の顎を指先で掬って上向かせる。頬に指先で触れると、触れる者を拒絶するかのごとく冷たかった。親指で柔らかな唇をなぞる。
「安心するだろう」
「え?」
「唇に触れると」
頬を手のひらで包み、唇に口付けた。冷たい唇を舌で押し開けて、口腔に舌を伸ばす。口の中すら、林冲に比べて冷たく感じた。公孫勝の見開かれた目が、落ち着きなく泳いでいる。
唇を吸い、離れる。公孫勝が震えながら、息を吐き出した。吐く息は、白い。頬は赤く、白い肌によく映えている。
「照れてるのか?」
「暖まっただけだ」
頬をなぞった手のひらを叩き落される。
「人の肌は、安心するだろう」
再び俯いてしまった公孫勝の、つむじを見つめながら言う。公孫勝の拳は、まだ手のひらの中だ。
「そうかもな」
少し逡巡して、公孫勝が口を開く。
「公孫勝。お前が何に怯えているのかは知らんが、所詮人間なんていつどうやって死ぬか、分かりようもないことだろう。もしかしたら、明日にも流れ矢に当たって死ぬかもしれない。明後日には、病に罹って死ぬかもしれない。死ぬ原因なんて、そこらに溢れている」
公孫勝は俯いたまま、何も言わない。
「いつ死ぬか分からない人間なら、何をやったって良いんじゃないか。所詮、流れて行く川に浮かべられた笹舟だ」
「幾つ激流を乗り越えても、いつかは海に流れ着く。どこまで行っても、私がいるのは修羅の道だ」
「だが、お前は一人じゃないだろう」
公孫勝が見上げてくる。その瞳が求める一言を、林冲は飲み込んだ。
「どちらが先に海に流れ着いたとしても、いつかはその海で出会えるだろう」
この想いも川の流れに浮かべていれば、きっと海に流れ着くのだろう。
「意気地なし」
公孫勝が不機嫌そうに呟く。
「負け犬の遠吠えだな」
「届くのなら、いくらでも吠えてやるさ」
「届いたら、悔いなく死ねるかな」
「きっとな」
何時の間にか、手の中の拳は解けていた。少しだけ暖かくなった指を絡ませて、包み込む。触れ合った手首が、やはりほんの少しだけ早く林冲の手首を叩いていた。


届かない想いだと知っている。
どんなに激しく吠え立てても、月は降ってきやしない。
それでも届きたいと願うから。

負け犬は遠く空を仰いで、躰を振り絞り切なく吠える。