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無 題

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 シーツから身体を引き剥がすように起き上がり、ベッドの縁に腰掛けて生欠伸、当たり前の動作がやけに今朝は長閑だと、そんな気分になったのはこれのせいだろうか。

 赤崎はすぐ傍らで呑気に泳ぐように、右、左、そして右、と交互に、優しくシーツを蹴って遊ぶ痩せた二本の足を眺めた。
 おそらく無意識の上下運動をさっきからずっとのろのろ繰り返している、ブランケットの裾からはみ出した足。その持ち主のジーノはブランケットを挟んで向こう、うつ伏せに肘をついた姿勢で雑誌かカタログのようなものを捲っている。

(足の指、長いな……)

 視線を皮膚感覚で察知したのか、バタ足泳法はピタリと止んで浅くシーツに沈み、そしてぐっと爪の先を伸ばしてから、またぱたりぱたりと緩慢に宙をかきだした。
 全体的に細長い印象を持つジーノの、手足や指が長いのは知っていたけれど、足の指も同じように、バランス的に自分のそれと比べて少し長いのだと、今更のように気付く。

 シーツと同じ真白なブランケットを隔てているせいか、中足骨が浮き出て皮膚の下の青い血管が透けて見える足は、誰かの付属物と言うよりは、砕けた彫刻像の欠片がそこに転がっているような、妙なものを見ている気分になる。
 起きぬけの頭で、芸術とは程遠い感性でこんな事を考えてしまうのはきっと、そんな自分にもわかるくらいその造形が整っているからなのだろう。指先の爪も、一番外側の小指の端まで歪みなく、割れもせず、欠けもせず、まるで大小の桜貝がそこに並んでいるようだと思うと、無性にそれを手にとってみたくなった。

「──足の爪、綺麗ですよね」
「え……?」

 怪訝な顔でジーノが振り返り、肩越しに自分の足を眺めて首を傾げ、唐突にそんなところ──本人も大して気にとめていないだろう身体の末端──を褒められても、と言いたげに苦笑う。

「初めて言われたよ、そんなこと」

 まぁ、滅多に人に見せるところでもないからね。
 そう付け加えて、話を終わらせるように誌面に顔を戻しかけたところ

「触ってもいいですか」
「──……、別に、構わないけど」

 何かを言いかけて、やめて、そして溜息まじりに了解した。片足を差し出すように上げたジーノは、身体を捩ってこちらを向き、いかにも呆れたような表情で赤崎を眺めている。

 足首を捕まえると、腱が小さく引き攣った。
 かかとを支えるようにもう片方の手を添えると、足底にぎゅっと皺をつくって指を縮めた。

 確かにこの人の、こんな場所を間近で眺めるなんて色んな意味で多分自分くらいだろう。だけど、だから、それがとても──上手く言葉に出来ないけれど、敢えて言うなら美味しそうだと感じる衝動に良く似ている、妙な愛着のようなものが湧く。
 足首を捕まえたまま顔を近づけて、見た目よりもしっかりした手触りの、かかとから土踏まずの窪み、少し膨らんだ前踏みを、形を確かめるようにゆっくりと指を滑らせ手の平で撫でながら爪先へと向かう。
 強張った足の指を揉みしだくようにほぐすと、むず痒そうにうねり出す足の甲、薄い皮膚の下から中足骨が浮き上がった。

「ちょ、っと、ザッキー……」

 親指の爪に唇を押し付けて、わざとらしく音を立ててキスをすると、ジーノは更に身体ごと捩って足を引こうとする。
 それでも足首をしっかり捕まえて、親指の背から中足骨の隆起をなぞるように下り、足首の付け根、踝へと唇を這わせて足の甲へ頬を擦り付けると、息を飲み込む音、続いて溜息の音。赤崎へ任せるように足から力が抜けて行く。

「驚いたな……キミ、そー言うの好きなのかい?」

 ますます犬みたいだよ、これじゃあ。
 いつもの“ふり”とは違う本当の苦笑い、困ったように肩を竦めたジーノは優しい口調でそう呟いた。

作品名:無 題 作家名:サカエ