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きみのためなら死ねる

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日曜昼間のテレビ番組というのは、たいがい面白くないものだ。プロ野球のシーズンも終わり、どののチャンネルも流しているのはゴルフやくだらないバラエティばかりで。
「なあ、獄寺、どっか出かけようぜ」
フローリングの床に直に座った山本が、背後のベッドに寝そべった獄寺に声を掛ける。先ほどから忙しなくリモコンを弄っていて、山本も画面も落ち着きがない。
「あー? 嫌だ。めんどくせぇえ」
獄寺が大欠伸を一つして答える。テレビはつまらない、やる事はない。暇で仕方ないが、それ以上に体を起こすのが面倒臭い。
「えーでも暇よりマシじゃねぇ? 天気もいいしさ」
山本が窓の外を指差した。見ると、確かに雲一つない青空で、少し寒いかもしれないが気持ちはよさそうだ。
「暇ならDVDでも借りてきて観てろよ。オレは寝てっから」
ごろりと寝返りを打って山本に背を向ける。後ろで山本が「えーっ」と不満の声を上げたのが聞こえた。
「借りに行くなら一緒に行こうぜ」
「……一人で行けよ、そんぐらい」
顔だけを山本に向けて言う。山本は不満そうな、悲しそうな顔をして「嫌だ」と返してきた。
いつの間にか、山本が部活のない休日に、こうやって二人で過ごす事が多くなった。こちらから積極的にそうした訳ではなく、山本が勝手にそうしてきたのだ。追い払っても懐いてくる子犬のように、いくら怒鳴っても、山本は懲りる事なく獄寺のそばをうろうろする。始めはそれを鬱陶しく感じていたのだが、今ではそれがすっかり当たり前になってしまった。認めたくはないが、それを心地よいと感じる時もある。
今まで、誰かとこんなにも親しくなった事はなかった。一番近しいはずの家族はみんなバラバラで、腹違いの姉に到っては顔を見ると激しい腹痛を起こしてしまう。家に住み込んでいた医者も、気が付くと自分を置いていなくなっていた。
家を飛び出した後も仲間と馴染めず、いつも一人で生きてきた。この先もずっとそうなのだと。
この町に来て、獄寺は尊敬できる人物とよく分からない存在を見つけた。一方は将来マフィアのボスとなる人物で、もう一人は、目の前でリモコンを弄る野球バカ。こいつもいつの間にかマフィアの一員になっていたが、本人に自覚はないらしい。
イタリアに居た頃には考えられなかった、平穏な学校生活。時折ひどく退屈になるけれど、それも悪くないと思う。
「お、何か映画やってるぜ」
山本がリモコンを弄る手を止めた。衛星放送か何かなのか、画面には外国の映画が流れていた。映像は白黒で、相当古いもののようだ。
「あー、そうだな」
欠伸交じりで言って、獄寺は壁を向いて目を瞑る。眠ったと思ったのか、山本がテレビのボリュームを下げた。耳に届く英語の台詞が微かなものに変わる。
はっきりと聞き取れないが、台詞から察するに恋愛物の映画のようだ。男の声で聞こえる口説き文句があまりに陳腐で、獄寺は呆れそうになる。
「おい、見てて楽しいのかよ」
目を瞑ったまま訊ねる。山本は「よく分かんねぇ」と答えたが、すっかり見入っているようだった。
『僕は、君のためなら死ねる』
うとうとしていると、不意にそんな台詞が耳に飛び込んできた。
「なあ獄寺、お前さ、誰かの為なら死ねる、とか考えた事ある?」
意外な質問だった。獄寺は上体を起こして山本を見る。山本は顔だけをこちらに向けて、いつもの笑みを浮かべていた。
「そりゃあ、オレはいつだって十代目の為なら命を落としたって惜しくねえと思ってるぜ」
胸を張って言うと、山本は「あー、お前はそうだよな」と笑った。
「オレは、獄寺の為だったら死ねるかもしれない」
笑ったまま、山本はさらりとそんな事を口にした。
何故か、酷く苛立った。そして悲しくなった。
「……てめぇ、それでオレが喜ぶと思ったのか?」
山本の胸倉を掴んで、獄寺は眉を吊り上げる。突然怒り出した獄寺の剣幕に、山本は驚いた顔をした。
「獄寺? 何かオレ悪い事言った?」
「言った! んな軽々しく死ぬとか口にしてんじゃねえよ! もしオレの為にてめぇが死んだら、胸糞わるくてしょうがねぇじゃねえか! それに、死んだら……」
そこから先は言葉にならなかった。
殺すか殺されるかの世界で育ってきた。人の死も沢山見てきた。幾つも悲しむ姿を見てきた。マフィアとして生きていく以上、死は日常的に付きまとうものだとは分かっている。それでも、失うのは嫌だ。
「獄寺、もしかしてオレが死んだら悲しむ?」
「悲しくなかったらこんな怒らねぇよ!」
その言葉をどう受け取ったのか、山本は怒られているにも関わらずとても嬉しそうな顔をした。それが更に獄寺の神経を逆撫でする。
「おいコラ、何ヘラヘラ笑ってんだよ! 分かってんのか?!」
「うん、分かってるって。ごめん」
「分かってねえだろ!」
「分かってるって。泣くなよ」
いつの間にか涙が滲んでいたらしい。山本は獄寺の顔に手を伸ばすと、指先でそっと眦の涙を拭った。
「だ、誰も泣いてねぇぞ! てめぇの見間違いだ!」
「はいはい、そうだな。ごめん」
山本が空いた手で獄寺の頭を撫でる。子供をあやすようなその行動にむっとしつつも、獄寺は「分かればいい」とぼそりと呟いて手を離した。
「オレはさ、獄寺が死ぬまで絶対そばにいるから。先に死んだりとか絶対しないから。だからさ、獄寺もオレが死ぬまで絶対死ぬなよ」
山本のその言葉に獄寺が頷き……そうになったところで、はたと言葉の矛盾に気付く。
「おい、それじゃあいつまでも死ねねーじゃねえか」
「あ、そうだ。じゃあ同時に死ねばいーんじゃねえ?」
「アホか、そんな上手くいくかよ」
呆れた声で言うと、山本は「そうだよな」と言って、また笑った。
失いたくないものが出来た。この先、それが枷になるか希望になるかは、まだ分からない。けれど今は、とても満ち足りた気分だった。
作品名:きみのためなら死ねる 作家名:伊藤 園