雲に記した手紙
「ワユさん?」
「わっ?!」
突如声をかけられて、ワユは弾かれたように体を跳ねさせた。
手の中の分厚い本を落としそうになって慌てて両手で持ち直す。
「ごっ、ごめん。なんの本読んでたのかなって…起こしちゃった?」
「ううん、気持ち良く眠れたよ。隣に誰か居るなって気配は感じてたんだけど」
ワユが差し出した本を受け取り、キルロイは目を細めて微笑んだ。
日の光が反射して、さっきよりも少しだけ顔色が良く見える。寝起きのせいか少しだけ擦れた声に、ワユは知らずどきりとしてしまう。
それを悟られたくなくて、まくしたてるように慌てて話を持ち出した。
「そっ、それでその本…何の本?あたし、字が読めなくって」
「あぁ、これはラグズの歴史や習慣をベオクにも理解出来るように簡易的にまとめた歴史書なんだ。
元々クリミアは先代の王の頃からガリアとは親交があったからね、いくつか残ってた文献を分かりやすくまとめて一般向けに流布してる本みたいだよ」
現クリミア女王エリンシアは先の戦争にて、ガリアを初めフェニキス、セリノス、果てはゴルドアの竜鱗族に至るまでラグズの支援を受けて祖国奪還を成就させた。
その想いから、未だ完全には埋まらずにいるベオクとラグズの溝を少しでも埋めるためにエリンシアは日々奮闘しているようだ。
「そっか、エリンシアさま…元気かな。」
「うん…きっと毎日忙しいだろうね。ちゃんと休めてるといいんだけど」
相槌を打ちながら、キルロイのしなやかな指が分厚い本のページをめくるのを
ワユは立てた膝に頬杖を付いてぼんやりと見つめる。
――やっぱり、あたしにはどう見てもミミズの整列にしか見えないや。
少しだけ苦笑して、小さくため息を吐いた。