二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

いづれ暮れゆく恋ならば

INDEX|1ページ/1ページ|

 


二学期の始業式から一度も履かれることがなく、やっと日の目を見たかと思えば即刻脱ぎ捨てられた上履きの開放感にふと、このうすっぺらで中身のないような身体がそれでも日々成長しているのかと中々に可笑しく思う。ころころと、声に出して笑ってみる。思っていた以上に弱々しい笑いがカーテンの内側で木霊した。八房の嫌いな色。乳白色の天井と同色のカーテンに仕切られた四角い空間。それを抉じ開ける唯ひとりを、鮮やかに染め上げる唯ひとりを、焦がれる指先は、迷うことなく繋がるためのボタンを押していく。数分後青いライトと共に告げられたメッセージに八房はひっそりと眉を寄せ、再び上履きを履いた。

昼から定期検査なのだと告げると疑いもされず帰宅が許された。平素から透き通るほどに白い肌に9月の風は些か哀愁を伴って冷たい。途中で寄ったコンビニではさすがに訝しい目線を浴びたが品物のチョイスを見て納得したのか生温い笑顔で世間話などを振りかけられた。八房は此処では人見知りの病弱な少年Aなので、はにかんだ笑顔をひとつ向け軽く会釈をして駆けて行く。
駆け出したのは欺くためなどではなかった。
そのまま通いなれる程にも馴染んでいないその道を確かな記憶を辿りながら全力で走る。閑散とした住宅街に少年の早い呼吸が点々と転がっていた。

チャコール色の屋根、少しくたびれた印象の白い壁。二階建てのどこにでもある一軒屋の表札に泉井とローマ字で書かれてあるのを確認して八房は再び、握り締めていた携帯電話のボタンをプッシュする。数コールしたところで電話は繋がらず、そのまま玄関のドアが開かれた。自分より少し身長の低い、しかし自分よりは幾らか平均に近い体格の少年が少し驚いたように目をぱちくりとさせていた。大きな瞳と項を覆う長さの髪が未発達な身体と相俟って中性的な印象を与える。その所為でいじめを受けるのではないかと青葉と対峙した当時の八房は懸念したものだが、ときたま揶揄される場面に出くわすことはあっても何故か、青葉の周りには人が絶えなかった。特別目立つ生徒というわけではない。けれど体育の時間や遠足のグループ、そのどれもがなんだかんだと青葉を中心に組まれていた。当の青葉は、決まってどうでもよさそうなそれでも満更でもないような表情で「入ってもいいけど」と言う。そしてその二言めには「こいつも入れるなら」と八房を指名するのだ。
休みがちな八房にとって小学校など担任の名前さえ朧にしか思い出せない、そんな空間だった。保健室と病院の往復が週の三日を占め教室には滅多に顔を出すことがない。そんな状態で友達どころか知り合いと呼べるクラスメートさえ出来た覚えはなかった。それなのに、いつの頃からか青葉を通して友人と呼べるような関係が出来上がっていった。


――青葉がいればそこで八房は呼吸ができた。


「八房?なにやってんだ」

パジャマ姿の青葉はちょいちょいと手招きをして八房を自室へ迎え入れる。
以前訪れたときと特に変わった印象のない、こざっぱりとした部屋。その真ん中に佇む青葉の頬一面を占めるその色に八房は小さく舌を打った。

「なに、やってんだよ」

「あぁ、クソ兄貴の野郎ほんと馬鹿だよな。顔なんか殴ったらさすがに誤魔化せねーだろ。ま、煽ったのは俺だけど」

顰めた顔に同調するように突っ張る湿布が痛々しくて八房は瞳を伏せる。患部が動悸を打つように、腹の内を燻る苛立ちにも似た感情をなんと呼ぶのか、知る術もない。

「いってーな!ばか」

掴まれた肩に乗った白い掌を跳ね除けようとして見上げた先の萌黄がそれを咎める。ふい、と目線を逸らした青葉は八房に促されるままベッドに腰掛けた。

なんで、おまえがそんな顔するんだよ。喉の置くで炭酸が弾けるような、焦燥にも似た感覚をなんと言うのか、知らないふりをする。

静かに音をたてながらひとつひとつが工芸品であるかのような手つきで八房は青葉のパジャマのボタンを外す。現れた月のように冷たく白い肌に、大きく紫色の痣が出来ているのを見て唇を噛む。その痣をそっと撫でようとして今度ばかりは静止をかけられた。仕方なく途中で買った湿布とテーピング用のテープをコンビニの袋から取り出して左肩を隠すように貼り付けていく。密やかに息を詰める青葉が可愛いく思えて儀式のようにその白い布の上から口付けを落とした。

「や、つふさ!」

八房に他意があるか否かなど考える余裕もないし、どちらにせよ青葉の羞恥心がこの体勢に限界を訴えていた。けれども規則的な鼓動が、吐き出される熱い呼気が、小さく震えた肩が青葉の威勢を削いでいく。


くしゃりと掴んだ色素の薄い金髪が窓から指す残映に溶けていきそうで。
あと幾らも瞬きすれば深い青に染め上げられそうな空を背に負いながら、幼さに少しだけ涙を流したことは、未だ誰にも知られずにいる。



作品名:いづれ暮れゆく恋ならば 作家名:如月